嫉妬から逃れる リアル「生き抜くヒント!」(古市憲寿)

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 伊藤洋介という男がいる。色黒で黒縁眼鏡の50代。いかにも業界人らしい見た目である。新卒で入った山一證券時代に秋元康プロデュースのシャインズとして歌手デビュー、その後もサラリーマン生活を続けるかたわら東京プリンとしてヒットを飛ばしてきた。2018年になっても「バブル」を生きるリアル平野ノラである。

 この伊藤さん、大変な人気者。毎晩のように会食が入り、権力者たちとの社交を繰り広げている。実は彼、参議院選挙に2回立候補して、2回とも落選している。正直、彼のワガママに付き合って、迷惑を被っている人も多いと思う。

 しかしなぜ、彼の周りには人が絶えないのか。その理由を最近、伊藤さんとの共通の友人(もちろん偉い人)が言い当ててくれた。

 人生で努力をしてないから、他人のことを嫉妬しない。だから付き合いやすいというのだ。

 成功者たちは日々、嫉妬の中を生きている。同じ業界の人から陰口を叩かれたり、根も葉もない噂を立てられたりというのは日常茶飯事だろう。だから嫉妬をしない伊藤さんがモテるというのはよくわかる。

 ある売れっ子の女性学者は、雑誌の撮影でスタイリストが用意したディオールのジャケットを着ただけで、売れない研究者たちから叩かれていた。

 奨学金で大学に通う苦学生の気持ちを考えろとか、ブランドに頼るのは自信のない人がやることとか、とんでもない反応の数々に笑ってしまった。

 別に清貧を気取る学者がいてもいいが、それは他人に強要することではない。もし苦学生うんぬんの話をするなら、学費が下がるような社会活動をしたり、せめて自分の著書を無料で公開したり、できることはたくさんあるはずだ。そもそも研究者なんだから、ファッションではなく、研究成果で勝負しなさいよ、と思ってしまう。

 嫉妬する人は、それが嫉妬であることを認めない。「うらやましい」と口に出してくれる人はマシだ。嫉妬は、仲間外れや嘘の拡散など、もっと陰湿な形を取ることが多い。

『嫉妬の世界史』という本もあるくらい、嫉妬から逃れるのは難しい。しかし人類を悩ませてきた嫉妬から逃れられるヒントが、伊藤さんにあったわけだ。

 要は、「自分は報われていない」「なんであいつが」という感情が、嫉妬を生む。その根っこにあるのは、「私はこれほど頑張っているのに」という、自己評価と他者評価のギャップだ。人は、自分と似た境遇にある誰かに、最も嫉妬を抱きやすいと思う。いい言葉でいえばライバル心なのだが、それがポジティヴに作用することは多くないと思う。

 いわゆる努力家ではない伊藤さんは、嫉妬もしないし、ライバルもいそうにない。だから権力者も、彼とは安心して付き合える。こんな気楽に生きてもいいんだと、ほっとできる。

 誰かを嫉妬してもいいことはない。無駄な努力をやめて、伊藤さんのように軽やかに生きてみませんか。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2018年8月16・23日号掲載

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