オウム時代の「女性信者殺害」を隠蔽! 「上祐史浩」に教祖の資格はあるか?

社会週刊新潮 2018年7月26日号掲載

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“遅きに失した”

 自己保身。

 上祐氏がこれまで事件を公にしてこなかった理由は、これ以外に見当たらない。

 しかし彼は、教団のHPでおおよそこんな言い訳に終始している。

〈2007年に松本(麻原=編集部注)から離反し、アレフを脱会する前までは、信仰のために、対外的に話すことができませんでした〉

〈脱会前後以降については、松本から離反・批判したために、身に危険が及ぶのではという不安も生じており、松本の死刑が早く執行されることを望んでいました。この件を話せば、捜査が再開されるなどして、死刑執行が遅れる契機になることを嫌う気持ちがあり、更には、松本が、捜査を通じて上祐の離反をより具体的に知るに及ぶのではといった心配もありました〉

 要は身の危険があったと同情を買いたいらしいが、笑止千万である。

 仮に上祐氏の告白を知ったところで、麻原は東京拘置所の塀の中だった。一体、何が出来るというのか。いや、麻原の家族や弟子から……と言うのかもしれないが、それなら麻原執行後の今でも同じ危険はある。今になって話し始めた理由とはなりえないのだ。

 百歩譲ってこの「理由」が本心だとしても、それならそれでまた別の問題が発生する。彼は、沈黙を自らの「身の安全」のためと述べている。するとこれすなわち、社会や遺族への責任よりも、我が身かわいさを優先させたワケで、普段から述べている“反省”のお里が知れる。そもそも麻原への恐怖が今の今まで残っていたというのなら、逆に麻原の影響下に置かれていたということ。これも普段から述べてきた「麻原脱却」のお題目はどこへ行ったのだろうか。言い訳にしたって実に出来の悪い代物なのである。

「彼は必死なんです」

 と、先のデスクが続ける。

「『ひかりの輪』は、公安審査委員会から、これまで5回連続で観察処分を更新されてきました。上祐はこの取り消しを求め、昨秋、何と東京地裁で勝訴してしまったのです。国はこれに控訴し、1月には6回連続で観察処分を更新した。この激しいバトルの最中、殺人事件の隠蔽がバレてしまった。ダメージを最小化するためには、必死で理屈をこねるしかないのです」

 しかし、事ここに至ると、処分を違法とした裁判長の不明は明らかなのだ。

「“ああ言えば上祐”は、結局、少しも変わっていないんだ、と思いました」

 と述べるのは、オウム問題に詳しい、ジャーナリストで参議院議員の有田芳生氏。

「もし本当に真相の解明に協力するつもりがあるのなら、記者会見を開くなどして、堂々と皆の疑問に答えるべき。それを、文書一枚の、しかも自己弁護で済ませてしまった。とりあえずの言い訳をしておいて、ほとぼりが冷めるのを待とうという気が見え見え。“事件は謀略だ”と言っていた、当時と変わらない態度です」

 有田氏は、6年前、上祐氏が著書を出した際、寄稿と対談を引き受けたこともあったのだが、

「あの時は、“上祐も変わってきたのかな”と思った。しかし、今回の件を見て、その評価は捨てざるを得ません」

 が、これらの点を、当の上祐氏に改めて質すと、

「コメントは差し控えさせていただきたい」(「ひかりの輪」広報)

 と、逃げの一手。これでは「ひかり」というより「闇」の教団の代表と呼ぶのがふさわしい。

「彼は果たして“宗教家”と言えるのでしょうか」

 と憤るのは、オウム真理教被害対策弁護団のメンバー・加納雄二弁護士。加納氏は、1995年当時、吉田さんの母親から娘の失踪について相談を受けていた弁護士だ。

「残忍な殺害事件です。実は3年前、私は上祐とトークライブで対談する機会があった。その時も彼は“被害者に謝罪する”などと述べていたので、吉田さんの件を念頭に、“オウムにはまだ行方不明の信者がいる。本気でオウムに向き合うつもりがあるのなら、その真相について正直に語るべきだ”と告げたんです。吉田さんの両親が亡くなり、また、他の証言者が死刑になってからようやく口を開くなど、遅きに失したと言わざるをえません」

 上祐“教祖”の本質は、皮をかぶったオウム。それを決して忘れてはならない。

特集「オウム時代の『女性信者殺害』を隠蔽! 『上祐史浩』に教祖の資格はあるか?」より

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