ご退位表明で申し込み殺到! 「皇居勤労奉仕」に行ってきた

国内新潮45 2018年7月号掲載

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 天皇陛下にお目にかかれ、直接お言葉をいただけることもある――。昭和20年に始まった皇居勤労奉仕。陛下がご退位を表明されたことを契機に、現在申し込みが殺到しているという。大の大人が涙するという皇居勤労奉仕とは一体どんなものなのか。ライターの小桜真理さんが自身の体験を綴る。(以下、「新潮45」2018年7月号より抜粋、引用)

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「はい、そこ! おしゃべりしない! 4列を乱さないで!」

 これが皇居勤労奉仕の初日、奉仕開始後、たった5分で我が団に浴びせられた言葉である。集合場所から皇居内の奉仕場所へ移動するには4列縦隊が原則。集合するたび、速やかに4列になり、全員揃っているかの点呼が必要だ。

 我が団は40をとうに過ぎたメンバーで構成されており、列をつくるのも、足並みを揃えて歩くのも数十年ぶり。しかも怒られるとは……。

 そんな、いきなり10代の学生時代に戻ったような衝撃と甘酸っぱさで、勤労奉仕は始まった。

 叱責の主は全国から集まってくる奉仕団を束ねる宮内庁の女史。かわいらしい外見からは想像のつかない厳しい言葉がそれぞれの団に飛ぶ。

 その存在はまるで「アルプスの少女ハイジ」で、都会へやってきたハイジを厳しく教育するロッテンマイヤーさんを彷彿とさせ、我が団では誰からともなく「マイヤー先生」と親愛を込めて呼ぶようになった。

終戦直後に始まった勤労奉仕

 皇居勤労奉仕が始まったのは昭和20年(1945)。終戦直後、皇居も空襲に遭い、焼け落ちた場所があったことを知った宮城県の有志が「後片付けをさせてほしい」と手弁当で上京、奉仕を許されたことがきっかけとなり、全国から続々と奉仕団が集まるようになった。

 現在では、祝日のない週の月曜から木曜、火曜から金曜の4日間が奉仕日とされ、うち3日を皇居、1日を赤坂御用地にて、清掃や草むしりなどの作業に当たる。

 最大の魅力は皇居では天皇陛下、皇后陛下の、赤坂御用地では皇太子殿下、皇太子妃殿下の「ご会釈」を賜われることである(皇太子妃殿下はお出ましにならないことが多い)。

 私自身、勤労奉仕未経験のときも「ご会釈」なるものがあることは知っていて、それは草むしりなどをしているところへ陛下が歩いていらして、文字通り「ご会釈」をしていってくださるもの、と思っていた。

 ところが実際は違った。ご会釈用の部屋へ通され、奉仕団ごとに整列。そこへ天皇皇后両陛下がお出ましになり、各団が普段どんな活動をされているのかなど直々にご下問をされ、言葉を交わすことができるのだ。答えられるのは団長だけだが、その後ろに立つ団員も感激の涙を流す者が後を立たない。

 数年前、初めて勤労奉仕に入ったとき、ご会釈についての説明を受けた。宮内庁の方の「皆様が退出した後の部屋の床が涙で濡れていることがあります」という言葉を半分「誇張」として聞いていたが、なんのことはない、ご会釈を体験した自分が涙で床を濡らしていた。私だけではなく、退出するときに床を見れば、あちらこちらに同じような涙の跡が小さな水たまりを作っていたのである。

ご退位の表明で申し込みが殺到

 なぜ、大の大人にそれほどまでに涙を流させるのか、その考察は後に譲るとして、どうすれば勤労奉仕に入れるのかを説明しよう。

 年齢制限は15歳から75歳。15名から60名までを一団とする。このために集まったのではなく、普段から活動をしている仲間であることが望ましいとされ、その名簿とともに奉仕に入りたい希望の日にちを第3希望まで明記して、宮内庁へ提出する。すると、宮内庁で人数調整をした上、奉仕許可証が発行され、当日を迎えることとなる。

 ……と、以前まではこの段取りでスムーズに参加できていたのだが、陛下のご退位が決まったことを契機ににわかに様相が変わってきた。「最後のご奉仕」とばかり、申し込みが殺到し出したのである。

 総勢200人(7団体)が上限とされている中、その倍の申し込みがあり、抽選が行われている現状だという。我が団も1度は外れ、捲土重来を期して2度目の申し込みで今回のご奉仕を獲得した。

 そのとき「前回落とされたから、今回は大丈夫」と思い、申し込んだが、実はそうした忖度は一切なく、延々と落ち続ける団もいるという。

 今後の申し込み状況を宮内庁のHPでチェックすると、すでに12月の申し込み可能期間も残りわずか。

 陛下が在位期間である来年4月までは、さらに熾烈な申し込み合戦が繰り広げられるに違いない。

記念撮影からスタート

 それでは、具体的な奉仕内容に移ろう。皇居は、天皇皇后両陛下がお住まいになる吹上御所を中心とする「御所エリア」、晩餐会や陛下の執務が行われる「宮殿エリア」、一般にも開放されている「東御苑エリア」の三つに分けられる。各エリアを1日ずつと赤坂御用地で計4日間の奉仕となる。

 どのエリアからの奉仕になるのか、赤坂御用地にはいつ行くのかは奉仕に入るまでわからないが、初日の午前中に行われるのはもれなく「記念撮影」だ。

 皇居なら二重橋前、伏見櫓をバックに。赤坂御用地なら春、秋の園遊会の舞台となる庭園で。専属のカメラマンが団員それぞれの顔がよく見えるよう細心の注意を払って撮影してくれる。

 初めて奉仕に入ったとき、いきなりのこの撮影会を体験して「これは勤労奉仕というより、国民のための思い出づくり大会なのでは……?」という思いが頭をかすめた。それが大正解だった。

 皇居勤労奉仕とは、天皇皇后両陛下をはじめとするご皇室の方々、さらに宮内庁の方々を総動員しての、国民大接待の場なのだ。

 奉仕団50人ほどに1人、宮内庁管理部庭園課の方がつき、一日中アテンドをしてくれる。奉仕場所へ辿り着くまで、広い皇居の中、一般の皇居参観では決して立ち入ることのできない場所まで、勤労奉仕では立ち入りを許される。

 たとえば「御所エリア」。もちろん、御所の近くへ行くことはできないが、重要な祭祀が行われる宮中三殿や、陛下が毎年、稲を育てられる水田、皇后陛下のご養蚕のための桑畑など、庭園課の方の詳しい説明とともに見学できる。

 300もの盆栽が並ぶ大道庭園では、国賓を出迎える際、宮殿玄関に飾られる「根上がりの松」という樹齢390年、重量380キロの五葉松はじめ、3代将軍家光が愛した五葉松、樹齢600年にもなる真柏などを間近に拝見することができ、その素晴らしさには目を見張るばかりだ。(後略)

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 全文は「新潮45」2018年7月号に掲載。陛下に間近に拝謁した時の感情や、そのときの陛下のお言葉など、6ページにわたり克明にルポルタージュする。

小桜真理(こざくら・まり)
ライター。日本の歴史、伝統文化に特化した執筆、講演活動につとめる。現在は新元号に向けて「日本人にとっての元号とは何か」論を展開中。今回で勤労奉仕は3回目。