23年を経て「尊師」から「麻原」へ “側近”たちの罪と罰

社会 週刊新潮 2018年3月29日号掲載

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「オウム死刑囚」13人の罪と罰(3)

 死刑執行までの秒読みが始まった、「オウム真理教」13名の死刑囚。坂本堤弁護士一家殺害事件(1989年)、松本サリン事件(1994年)、地下鉄サリン事件(1995年)は、「三大事件」と呼ばれ、凶悪性の象徴と語られている。13名中、三大事件すべてに関わり、死刑判決を受けた死刑囚は3名のみ。ひとりはもちろん麻原彰晃、そして残り2人が、中川智正と新実智光である。

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 3月14日に行われた東京拘置所からの移送で、中川は故郷に近い、広島拘置所に送られた。

 教団では「法皇内庁長官」の地位にあった。これは「宮内庁長官」のような位置付けであり、麻原一家の「主治医」も務めるなど、まさに「側近」の名にふさわしい人物である。

 中川は1962年、岡山生まれ。地元の高校から、京都府立医科大に進み、卒業後、医師としてのキャリアをスタートさせる。

 一方で、大学時代にオウム真理教のコンサートに誘われ、「神秘体験」を経験。これが忘れられず、1年少しで退職し、恋人と共にオウムに入信したのだ。柔道の経験者でもあった。

 入信わずか2カ月後、坂本弁護士一家の殺害を命じられ、弁護士の妻・都子(さとこ)さんの首を絞めて殺害。長男・龍彦ちゃんの口にタオルケットを押し付けたのも中川である。松本、地下鉄両サリン事件でも、サリンの製造に携わっている。

 医師でありながら、殺害人数は25名。関わった事件の数は11件と麻原に次ぐ数字だ。

 しかし、元オウム真理教の「車両省大臣」であった野田成人氏が、

「典型的な、大人しくてマジメな男でした」

 と言う、その人物と犯行内容は結びつかない。

「中川は、麻原の霊的隷属者と言えると思います」

 とは、オウム事件に詳しい、フォトジャーナリストの藤田庄市氏である。

「もちろん他の幹部も『霊的体験』を語っています。しかし、中川の場合はそのありようが決定的に異なる。私は『巫病(ふびょう)』と呼んでいますが、沖縄のユタがユタになる時に一種の精神病を起こす。神様の言うことを聞かないと苦しくて身体も動かなくなる。それと同じような体験を起こしていたのです。他のメンバーが修行をすることで『神秘体験』を得るところ、中川の場合は、言わば先天的に麻原の霊性にぴたりと掴まれてしまった。彼自身の誠実さが麻原に利用され、重大犯罪に手を染めざるをえなくなってしまったのです」

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