『日本会議の研究』著者の敗訴で考える「前川前次官の実態調査問題」

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ベストセラー著者の敗訴

 ベストセラー『日本会議の研究』の著者、菅野完氏が女性に性的行為を強要したとして訴えられていた民事裁判で、東京地裁は被告に賠償を求める判決を下しました。地裁は、菅野氏側の主張を退け、暴行は「あった」という判断を下したわけです。

 菅野氏は、森友学園関連の報道である時期からキーマンとしても登場していました。学園の理事長らに食い込み、彼らからの情報を大手メディアにつなぐ役目を果たしていたのです。安倍首相批判の急先鋒の一人だったと言ってもいいでしょう。

 加計学園問題におけるキーマンの前川喜平・前文部科学事務次官も、女性関連のスキャンダルが報じられました。新宿の「出会い系バー」に足繁く通っていた、という記事が新聞や週刊誌に出たのです。

 もっとも、これに関しては前川氏は「女性の貧困の実態を調査するためだった」と主張しています。前川氏を応援したい人たちは、この主張を素直に信じたようで、バー通いを「美談」とまで賞賛する人もいたようです。そして、「こんな立派な人格者を貶めようとする政府や御用マスコミはけしからん」と批判しました。もちろん、「いや、貧困調査って苦しすぎるでしょ」という疑念を持つ人もいまだに多く存在し、両者の溝は埋まっていません。

立派な人はいつも立派なの?

 前川氏に関する見方は大きく分けて2つということになります。

(1)前川氏は体当たりで「実態調査」をするくらい立派な人だ。だから加計学園に関する彼の証言も信用できる。

(2)前川氏はお金を払って女子大生と触れ合いたいスケベ官僚にすぎない。だから加計学園に関する彼の証言は信用できない。

 しかし、論理的にはあと2つの可能性があるはずです。つまり「実態調査は本当だけど、証言はウソ」と「スケベ官僚だけど証言は本当」。しかし、この2つについてはあまり検討されていません。

 これは「立派な人は常に立派な振る舞いをする」「スケベな人はあまり立派な振る舞いをしない」という考えが前提にあるからです。

 でも、これは情報を判断するうえで正しいのでしょうか。

 フリー記者の烏賀陽弘道氏は、新著『フェイクニュースの見分け方』の中で、次のように指摘しています。

「現実は『善悪』がすっぱり割り切れることのほうがむしろ少ない。『完全な悪人』も『完全な善人』も現実にはいない。どんな人間にも善悪両面が同居している。

 裏返していえば、実在する人間を『完全な善人』または『完全な悪人』であるかのように見せる表現は、現実から離れている」

吉田所長の2つの顔

 例として、烏賀陽氏は福島第一原発事故のときに現場の責任者として対策にあたった、当時の吉田昌郎所長(故人)に関する報道を取り上げています。吉田氏が命を賭けて事故の収束に尽力したのは間違いありません。その決死の闘いを「プロジェクトX」的に描き、吉田氏を「英雄」視して賞賛する書籍もあります。

 しかし、一方で吉田氏はそもそも事故以前、福島第一原発の津波想定を担当する部長でもありました。ここでの想定の甘さがその後の惨事を招いた可能性は否定できないのです。そう考えると、吉田氏には「英雄」としての顔と「戦犯」としての顔があることになります。

 こうした事実を踏まえ、烏賀陽氏はこう述べます。

「まったく正反対の、時には矛盾する資質が一人の人間の中に同居する」「同じ人間が、まったくベクトルが逆の行為をする」ことがある、それが「現実」なのだ、と。

文書公開の意味

 菅野氏や前川氏の女性との接し方は、必ずしもその主張の正しさとは結び付けられません。日常生活は滅茶苦茶であっても、仕事面ではきちんとしているという人も世の中にはいるからです。しかし、その逆もあるので、「こんなに立派な人だからウソを言うはずがない」というのもまったく非論理的です。

「実在する人間を『完全な善人』または『完全な悪人』であるかのように見せる表現は、現実から離れている」

 烏賀陽氏は教訓としてこのようにまとめ、そのような報道はフェイクニュースの可能性がある、としています。

 ただ、菅野氏も前川氏も、言論活動とは別の当人にかけられた「疑惑」は、それはそれで本当であれば法的にクロ、あるいはグレーな問題行為です。

現状では、判決が確定していないにしても、菅野氏は女性に暴行した可能性は高いと見られても仕方がないでしょう。

 また、前川氏も加計学園問題とは別に、「貧困の実態調査」だったと主張するのならば、当時作成した調査のメモ、レポートなど証拠となる「記録」や「文書」の公開に踏み切るのも手かもしれません。前川氏の「文書」の管理能力には一定の評価があるようです。

 自身の調査報告「文書」を公開したときにこそ、晴れて「普段から立派な人であり、証言も正確だ」という評価が確定するのかもしれません。

デイリー新潮編集部

2017年8月21日掲載