「高倉健」養女、住居跡に1億5000万円豪邸を新築 “墓を作る方が先”の声

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東京・世田谷にあった高倉健の自宅

 故人が思いを寄せてきた墓所、自宅――それらを一掃して破壊の限りを尽くしてきた女が、初めて築き上げたのは自らの“城”だった。東京・世田谷にあった高倉健の住居跡に、突如として現れた豪邸はまるで美術館のような瀟洒な造り。晴れて当主となったのは他でもない、健さんの遺産を引き継いだ養女(53)である。

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 2014年11月、享年83で鬼籍に入った国民的俳優の周辺は未だ騒がしいままだ。遺骨の扱いから遺産の分配に至るまで、親族間でトラブルが絶えないことはこれまで本誌(「週刊新潮」)も報じてきた。先月には、健さんの墓がないことを憂えた高倉プロ元専務が、慰霊のモニュメントを建立したものの、遺族の了承がないまま作られたことが発覚。騒動になったばかりだ。

 時をおなじくして新築された世田谷の豪邸だったが、その主である養女は、健さんの親族や友人を招くこともなく沈黙を守っている。

「この土地は、健さんと江利チエミさんが暮らすために購入しましたが、建物は70年の火事で全焼。86年に延べ床面積440平方メートルと316平方メートルの2つの邸宅を新たに建てましたが、その小さい方を建て直して造ったのが、今回の建物です」(健さんを知る関係者)

■墓を作る方が先

 施主である養女は、一昨年の11月10日付毎日新聞に寄せた手記にこう書いた。

〈自宅の食堂から高倉の鋭く小さな声。朝食の片付けの手を止め台所から駆けつけると、「ほら、見て。あそこ、見える? もう食いに来てるぞ」。

 窓ガラス越しに庭のピラカンサの木を指します〉

 健さんと木の実を啄(ついば)む鳥を愛でた思い出の家。それを覆い隠すようにシートが張られ、足場が組まれたのは昨年5月のことだった。

 近隣の住民によれば、

「ちょっと嘘でしょ、もう壊すのって思いました。トラックが道を塞いで車が通れず迷惑でしたが、業者も養女の方もお詫びや挨拶は一切ナシ。以前から近所づきあいのない女性だったけど、礼は尽くして貰いたかった」

 登記簿謄本によれば、今年3月14日に変更手続きがとられており、一部取り壊し、増築と記されている。

 総工費は1億5000万円というが、健さんの40年来の付き人だった西村泰治氏も憤りを隠せない。

「新しい人が住むなら建て替えるのも仕方がないとは思うけど、そんな金があるなら健さんの墓を作る方が先でしょう。健さんは義理堅く、チエミちゃんの墓にもひっそりと手を合わせに行っていた。お寺に足を運ぶと、自分ならこんな墓を作りたいと常々口にしていたしね。健さんはファンをとても大事にしていたのに、皆が手を合わせる場所もないなんて無茶苦茶な話ですよ」

 で、豪邸を見た先の関係者はこんな風に嘆くのだ。

「建物にあるガラス張りの半円状のサンルームや、門扉やシャッター、高倉の『T』の文字が刻まれた壁は変わらず残っていて余計にショックですね。これでは健さんとの思い出に手を加えられたようで寂しい」

 各々が抱える健さんへの想いは、豪邸の主によって引き裂かれたままなのだ。

ワイド特集「闇の奥」より

週刊新潮 2017年4月20日号掲載