蓮舫「二重国籍」の原点 現地取材で明らかになった祖母の素顔

政治新潮45 2017年4月3日掲載

蓮舫氏

 3月27日、民進党が結党1年を迎えたが、党勢は以前として鳴かず飛ばず。昨年9月に代表に就任した蓮舫氏は、二重国籍疑惑が報じられて以降、代表としての手腕よりもそのルーツに注目が集まっている。「新潮45」4月号掲載の「蓮舫『二重国籍』のファミリーヒストリー」にて、著述家の高橋政陽氏が蓮舫氏の血脈に迫った。

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 蓮舫氏自らが自分のルーツにおいて、もっとも思いを寄せるのが、彼女の名づけ親でもある台湾出身の祖母である。日本占領中の上海でタバコの専売権を持ち、日本軍に軍機2機を寄付、戦後は漢奸(売国奴)に問われるも無罪となり釈放されていることなどにより、一部のネット上では“政商”や“スパイ”といった形での紹介が散見するが、伝聞の域をでない。その正確な人物像を探るべく、高橋氏は台湾・中国で現地取材を敢行した。

■10代で結婚、夫と子供を置いて東京へ

 その祖母、陳杏村は台湾一の商業地、大稲テイ出身。父は製糖業から後に通訳に転業している。高橋氏は子どもの頃の学籍簿まで当たっているが、10段階の成績表の全てが7以上と優秀で、なかでも「手工及図画」と「体操」が9。しかし、いわゆる素行、「操行」については2年次から乙、乙、丙、乙、乙。勉強ができて、手先が器用で、活発で、でも行儀や道徳の面では型に縛られないタイプ。そんな彼女は10代で台南の謝家に嫁いでいる。陳杏村の夫、つまり蓮舫氏の祖父・謝達林は現在の台南市白河区で医院を開業していた。

 記事では多くの関係者に接触しているが、なかでも陳杏村を直接知る親族の発言は興味深い。たとえば、蓮舫氏の従姉伯母・謝吟香は、蓮舫氏の写真を見て「そっくりだわ!」との感想を漏らしている。別の親族も「モデルのようでした」と語る。残っている50歳前後の写真を見ると、今でいう「美魔女」。若い頃はさぞかし美しかったであろう。当時にしては珍しい恋愛結婚で、台湾総督府医学校卒のエリート医師と美人のカップルは、人々の注目を集めざるをえなかった。

 1931年に出産した蓮舫氏の父・哲信をふくむ2男2女に恵まれ、医院長の夫人として優雅な生活を満喫していた陳杏村。ところが、

〈「哲信を産んだ後、叔母は叔父と子供たちを置いて東京に行ってしまったんですよ。服飾を学びに行くと言って。子供たちは女中が育ててくれますし、おしゃれだったから自分でも服飾の仕事がしたかったのだと思います」〉※〈〉は本文より引用、以下同

 と、先の従姉伯母は語る。“女傑”の人となりを表すエピソードはここから始まる。

■“台湾バナナ輸出業界の大物”に

 陳杏村は24歳で、夫を伝染病で亡くすと、台北に移り、洋装店を開業するや3年足らずの間に15人の職工を使うまでに成功。今度は行方不明になった弟を探しに中国本土の広東に渡り、日本の特務機関と知り合ったことを契機に煙草販売を始めた。戦後は日本軍に協力したかどで起訴され……と怒涛の展開をたどっていく。巷で“スパイ”と評されるのはこの時期を指してのことと思われるが、高橋氏は、なぜ煙草の専売権を得ていたのか、なぜ軍機を寄付したのか、なぜ無罪になったのか、その謎を解き明かしていく。彼女の波瀾万丈の人生についての詳細は「新潮45」本誌を参照されたい。

 日本との関わりでいえば、国会でその名が取り沙汰されたことも。1966年11月1日に開かれた参院農林水産委員会、政治家と台湾バナナ業者の癒着を指弾した場でのひとコマだ。

〈「陳杏村氏は、台湾バナナ輸出業者がつくっている連合組織である、ただいま申しました輸出同業公社の理事長もやったことがある。すなわち、台湾バナナ輸出業界の大物なんです、この人は」〉

 発言の主は公明党の黒柳明。追及されたのは、時の通産大臣・三木武夫と農林大臣の松野頼三である。50年代、60年代のバナナは高価な商品で、台湾は外貨収入の2割から3割をバナナの輸出に依存していた。日本の輸入割当をめぐって、バナナ商たちが永田町で暗躍していたのである。この“バナナ疑惑”では、蓮舫の父、謝哲信の名前もあげられていた。公明党の“爆弾”は不発に終わるが、陳杏村はどうやって台湾バナナ輸出業界に参入したのだろう。

〈陳杏村は日本敗戦直後の1945年9月、台湾政財界の第一人者、林献堂率いる台湾有力者による上海訪問団が到着したその日に表敬。翌日には自宅の午餐に招待している(略)こうした本省人有力者との関係から貿易会社、大一行を立ち上げバナナ業界に参入したと想像できる〉

 と高橋氏は書く。いずれにせよ華麗なる転身であることは間違いない。この時代の同業者で、“バナナ大王”と呼ばれた呉振瑞の次男・庭光は、陳杏村についてこう証言した。

〈「尊敬と親しみを込めて陳杏村さんを“姑婆(おばさま)”と呼んでいました。バナナ商には良心的なグループとあくまで利益を追求する二派がありましたが、陳杏村さんは良心的なグループの代表でした。男勝りであっさりした性格、正義感が強く弁が立って、しかも上品。リーダーにふさわしい人でした」〉

 祖母はファッション業界から実業の世界へ転身、そして、その孫はクラリオンガールから政治の世界へ。バナナ疑惑で名が取り沙汰された父の謝哲信は、政治の裏も表も知り抜いていただけに「政治家だけには絶対になるな」と蓮舫氏に言っていたという。

 果たして、日中台の狭間で生きてきた祖母が存命だったら、その目には政治家になった蓮舫氏の姿がどう映るだろうか――。二重国籍の原点に迫る、必読のルポである。

デイリー新潮編集部