無茶な労働イコール「ブラック企業」か  就活生が知っておくべき「キレイゴトぬきの就活論」(4)

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ワタミはかつて人気企業だった――

 ■ブラック企業ってどこですか?

 就活に関する著書を多く執筆している大学ジャーナリストの石渡嶺司氏が、学生からよく受ける質問の一つが、「どんな企業がブラック企業ですか?」というものだ。

 もちろん、明らかに社員にウソをついているとか、反社会的な活動を行っているといった、誰が見てもまずい企業について、ブラックだと判定するのは簡単だろう。また、財務状況については公開情報からある程度推測することも可能だ。

 しかし、厄介なのはそういうあからさまな問題を抱えた企業ばかりではなく、人によっては「ブラック」と感じられるだろうが、一概に「ブラック企業」とはいえない企業も多いということだ。

 石渡氏は、このあたりの事情について一部を話すと誤解されやすいし、かといって丁寧に説明すると「話、長えよ」と思われそうで、答えに困ることが多いのだという。どのあたりが説明が難しいのか。石渡氏の新著『キレイゴトぬきの就活論』から引用してみよう(一部わかりやすく要約)。

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■ワタミはかつて人気企業だった

 成長企業イコール優良企業とは言い切れない。一時期は絶好調であり、その後、ブラック企業批判を集めて現在は低迷している企業にワタミが挙げられる。

 現在の大学生にワタミが一時期、マスコミから成長企業として絶賛されていたことを説明すると、それはそれは驚かれる。まあ、絶賛されていたあたりから過重な労働、過労死が問題にもなっていたのだが

「マスコミで成長企業として絶賛されているものの、一方では過労死も問題になりつつあった時点で就活をしていたとしたら、ワタミを選んだ?」

 そう学生に聞くと、ほぼ全員が、NOと答える。しかし、2000年代から2010年代前半までは、学生からもある程度(年によっては相当な)、支持を集め、採用も活発に行われていたのである。当時、ワタミを選んだ学生の真意は不明だが、その相当数は成長企業であることに魅力を感じていたのは間違いない。

■ワタミは成長が仇になった

 ワタミについては、興味深い指摘がある。採用コンサルタントやキャリアセンター職員などから、同様の指摘をする人が複数いたのだ。

「ワタミは大きくなりすぎた。仮に従業員数300人程度の規模のままなら、ブラック企業批判が出ることもなかっただろう」

 これに対して、「知名度が高くなりすぎたということでしょうか」と聞いたところ、やはり同じ回答が返ってきた。

「知名度が高いから批判されやすかったこともある。が、一番大きいのは企業規模だ。中小規模なら、入社する前から企業理念やオーナーの情熱を理解できる。そのうえで入社するから、いくら残業や徹夜が続いても本人は気にもしない。それに、先行者利益でその分のリターン(ポストの昇進、昇給、株式配分など)もある」

 なるほど、確かにその通りだ。

「ところが従業員数が1000人を超え、2000人を超えてくると、もう企業理念や情熱は共有されない。仮に企業理念は共有されたとしても、小規模だった時期に比べればリターンは大きくない。それで情熱を共有しろ、残業や徹夜は当然だ、とオーナーや古参幹部が言っても無理がある。企業規模がある程度、大きくなった後に入社した社員からすれば、普通の働き方を優先させて当然だ」

 この企業理念・情熱を共有できる規模が300人か、500人か、それとも1000人なのか、という議論はあるだろう。だが、その数はともかくとしても、一定規模を超えると企業理念・情熱が共有されなくなるという指摘、言い換えれば「理念・情熱共有限界説」は、その通りだと考える。

 なお、このワタミと同様のことは採用・キャリア関連のベンチャー企業やNGOなどでもそれなりに起こり得ることであるし、実際に起こっている。創業者、創設者が熱い思いや理念を持って立ち上げ、それについてくる社員やメンバーが集まり、遮二無二働く。そして、あるタイミングで付いていけない社員・アルバイトが出てくる。創業者が自覚していればいいのだが、残念ながら理解していない創業者が実に多い。

■ワタミとキリンビールの違い

 近年話題になった『キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え!』(講談社プラスアルファ新書、2016年)の著者は、同社高知支店長・四国地区本部長・代表取締役副社長などを務めた田村潤である。田村は、営業成績が悪かった高知支店でトップシェアを取り戻す。その逆転劇をまとめたサクセス・ストーリーは、20万部を超えるベストセラーとなった。

 働き方という視点で観察すると、著者・田村とキリンビールには不本意かもしれないが、かつてのワタミに近いものを感じさせる記述もある。

 支店員はノルマに到達しなければ帰宅できない。しかも、コンビニのオーナーに会うために、深夜から明け方の営業活動も行っていた。先頭に立つ田村自身、年間270回以上も宴会に出席していたという。

■理念を共有して知恵を絞る

 では、キリンビールはブラック企業か、と言えばそんなことはない。実際、キリンビール高知支店に関してその種の話は全くと言っていいほど聞かない。

 これは高知支店など田村の赴任先において、理念がきちんと共有されていたからである。まずは少人数の支店で理念が共有され、最後は従業員数3500人もの大企業が「打倒アサヒビール」という目標のもと、一丸となった。

 理念が共有されれば仕事は面白くなり、しかも成果が上がる。さらにキリンビールの場合、単に過酷な労働を強いていたというわけではない。

 たとえば、前記の深夜から早朝にかけてのコンビニへの営業にしても、単に社員に無茶をやらせていたわけではない。知恵があるのだ。日中は店に出ていないオーナー(言うまでもなく、商品仕入れの権限がある)に営業をかけるには、オーナーがいる時間、すなわち、深夜に営業をかけるしかない。だが、それで一度顔見知りになってからは、そんな無理はさせないし、する必要もない。

 つまり深夜労働が継続するのではなく、1回ないし数回の営業で売り上げを大きく伸ばす。これを知恵と呼ばずして何と呼ぼう?

 理念が共有できていたとしても、体力には限度というものがある。無理な残業が恒常的に続いていればそれは過労になり、過労が元の自殺にもつながりかねない。2016年秋に大きな話題となった電通過労死事件などはその最たる例である。

 大企業であれ、中小企業・ベンチャーであれ、この知恵があるかどうか。そこがブラックかどうかを分かつのではないだろうか。

デイリー新潮編集部

2017年1月25日掲載

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