「尊敬する人は両親」は面接時のNGワード? 百田尚樹氏かく語りき

ビジネス

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 経団連が大学生の採用面接解禁日を来年は今年よりも2カ月早める方針を固めたという。その通りになれば今年は8月だった解禁日が6月になる見通しだ。昨年は4月解禁だったのだから、この3年、毎年のようにコロコロ、ルールが変わることになるわけである。

 就活生にとっては、こうしたルール変更もさることながら、同様に面接そのものの中味も気になるところだろう。

 その面接時の定番の質問の1つが「尊敬する人は誰ですか」というものだ。これに対して「両親」と答える人も多いようなのだが、それに対して疑問を呈しているのが作家の百田尚樹氏。25万部を突破したベストセラー『大放言』の中から「尊敬する人は両親というバカ」の項を紹介しよう(以下、同書より引用)

 ***

作家の百田尚樹氏。

■美談の小道具

 先日、某企業の取締役をしている友人にこう訊かれた。

「お前、尊敬する人物はいるか?」

「いくらでもいるよ」

「たとえば?」

「ベートーヴェン、勝海舟、ソルジェニーツィン、出光佐三、マザー・テレサ、木村政彦、フルトヴェングラー、幻庵因碩、ビクトル・フランクル、ジョン万次郎――」

「何人挙げるねん」

「100人以上は言えるで」

「もういいよ」友人はそう言った後に訊いた。

「尊敬する人の中に両親は入らないのか」

「親父とお袋か――。2人とも大好きやけど、尊敬するリストには入らんな。さっきのリストの中に俺の親父とお袋の名前があったら、どう見ても浮いてるやろう」

 友人は苦笑した。

「なんでこんなことを訊いたのかと言うと、実はこの何年か、就職試験の面接を担当してるんだけど、学生に、尊敬する人物を挙げてくださいと訊くと、大半が胸を張って両親です、と答えるんだ」

「ほう」

「会社では辛い仕事をしているはずなのに、家庭ではそんな面を見せずにいつも私たちに暖かく接してくれた父、仕事と家事を両立させて、父を支え、子供を大切に育ててくれた母――そんなふうに、いかに尊敬すべき素晴らしい両親であったかを説明される」

「ええ話やないか」

「たしかにいい話だ。両親を尊敬するのは悪いことじゃない。大学までやってくれた親を尊敬できない若者では情けない。親殺し、子殺しのニュースもあるくらいの世の中だから、むしろ『素晴らしい若者』と言えるかもしれない。でもな、就職の面接は別に美談を聞きたいわけじゃないんだ」

「お前の言いたいことはわかる。つまりはこういうことやな。こどもにとって両親というのは、世界の誰よりも自分によくしてくれる人間や。あかの他人は20年以上も生活の面倒をみてくれへんし、高い大学の授業料なども払ってくれへん。そんな両親に対して愛情を持つのは当然といえば当然や。そやけど――『尊敬』は『愛情』とは違うと」

「そう、まさにそこだ。愛情と尊敬は違うんだ。たとえば父や母が、自分以外の誰かのために尽くしたり、社会的に大きな業績を残した人物なら『尊敬します』と胸を張って言うのもいいと思う」

「小泉進次郎とか杏なら、『尊敬する人は父です』と答えても、ええわけやな」

「まあ、そういうことだな」

 友人は苦笑いして言った。

「普通の家庭に育った若者が、両親を尊敬する理由として、『家族のためにこつこつと真面目に働いてくれました』とか『常にこどものために自分を犠牲にしてくれました』とかいうのは、あまりにも個人的な話ではないだろうかと思うんだ。こちらとしては、尊敬する人物を通して、彼がどういう生き方を目指しているのかということを知りたいのにね。極端な話、尊敬する人物がキムタクでもいいし、漫画『ワンピース』の主人公ルフィでもいいんだ」

 なるほどなと思った。たしかに友人の言うように、こどもである自分に愛情を注いでくれたというだけで、その人物を、他人に向かって「尊敬する人」の筆頭として挙げるのは個人的にすぎる。

■息子よ、私を尊敬するな

 もし私の息子が就職試験の面接で「尊敬する人は父」と答えたと聞かされたら、相当情けない思いをするだろうと思った。

 ベストセラーをいくつか出したという理由で尊敬しているとすれば、息子の浅はかさにがっかりするし、また世界を知らないことにも失望する。世の中には真に尊敬すべき偉大な人がたくさんいる。愚息にはそうした人たちの立派な生き方を知ってもらいたいと思う。

 もっとも何を持って「偉大」と見るかは、その人の価値観次第である。そしてその価値観こそが、彼(女)という人間を測る物差しになる。

「たしかに、家族のために頑張ってくれたというのが尊敬の理由なら、隣のオッサンや向かいのオバサンを尊敬してもええわけやもんな」

 友人は笑った。

「要するに、面接官としては、あまりにも幼い個人的な世界に生きているというのが気になるというわけやな。大学4年生にもなれば、もっと大きな視点で社会を見ろ、と。自分の生き方の目標となる人物を掲げろと」

「そういうこと」と友人は言った。

「けど、ものは考えようやないか。家族のために働くのが素晴らしいということをわかっている学生なら、スケールは小さいけど、むしろいい社員と言えるんやないか」

「ところが、同じ学生に、当社でどういう仕事がしたいですかと訊くと、仕事を通じて社会に大きく貢献したいとか、世界を変える仕事をしたいとか、とてつもなくスケールのでかいことを言うんだ。中には、自分は給料には興味がないです、自分にとっての報酬は、より高い次元の仕事です、なんて言うのもいる」

「夢が大きくてええやないか。若者はそうでないと」

 友人はため息をつきながら言った。

「でも、その若者が尊敬する人物というのが、家族のためにこつこつと働いてきた父――だからね」

 ***

「それでも私は両親を尊敬している」と反発するのも自由、「それはそれとして面接時には気をつけよう」と思うのも自由だが、面接をする側は「両親」と言われても多くの場合、あまり相手に興味を持たないという面はあるようだ。

デイリー新潮編集部