斎藤佑樹、“仕事始め”は国産SUV エースナンバー「18」剥奪

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往時は“王子”だったが……

“ハンカチ王子”が甲子園を沸かせたのは2006年夏のこと。“十年ひと昔”とはよく言ったものだ。時の流れに愕然とする方も多いのではないだろうか。

 ご当人、斎藤佑樹(28)の胸中はいかばかりか。

 10年秋、日本ハムにドラフト1位で入団。まばゆいばかりの輝きを放っていた彼はエースナンバー「18」を託された。

 だが、今年から斎藤の背番号は「1」に変わった。高校・大学時代に背負った“背番号1の復活”と言えば聞こえはいいが、実情は“エースナンバー剥奪”以外の何物でもない。

 ルーキーイヤーは6勝で、翌12年は5勝。“期待外れ”と囁かれたが、今思えばまだマシだった。その後4年間で3勝しか挙げられず、すっかり2軍暮らしが板についている。

 06年といえば、第1回WBCで王監督率いる侍ジャパンが優勝を果たした年でもある。今年で4度目の開催となるWBCだが、むろん斎藤とは無縁だ。

「人気選手が背番号を変えると、グッズの売り上げが見込めるものですが、斎藤の場合はそれも期待薄ですね」

 と球団関係者も肩をすくめる。

 そんな斎藤そして球団を打ちのめしたのが、昨年、“ポルシェおねだり”を報じた週刊文春の記事だった。

「出版社社長に“鎌ケ谷の2軍練習場に通うための車が欲しい”とねだったというアレですね。あのせいで、彼が辛うじて保っていた“爽やかキャラ”も泥に塗(まみ)れてしまいました」(同)

 記事では、800万円超のポルシェ・マカンを駆る斎藤を直撃していたが、

「1月5日に千葉・鎌ケ谷で行われた公開自主トレでは、これみよがしに国産SUVで乗り付けていました」(スポーツ紙記者)

 汗は汗でも“冷や汗”を拭う、哀しきハンカチ。

週刊新潮 2017年1月19日号掲載

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