「ツキノワグマ掌まるごと」そば、「1本6500円」の最高級食パン 日本の超高級ガイド

食・暮らし週刊新潮 2016年12月29日・2017年1月5日新年特大号掲載

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〈ムダに高いモノもある日本の超高級ガイド2017(1)〉

「千里の馬も伯楽に逢わず」。どんな名馬も目利きに巡り逢わなければ世に出ないと言うが、ここに紹介する至芸の品はどうか。ムダに高いモノもあるやに見えるが、いずれ劣らぬ個性の力で存在感を発揮している。仏人や中国人も買い付けに参じる日本の超高級品の数々。

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越後屋の店主はマタギ

 夏目漱石は『夢十夜』で不思議な夢の世界を著した。その第六夜では、鎌倉時代を生きた運慶がなぜか明治の世に現れ、仁王像を彫る様子が描かれる。

〈自分〉=(漱石)は怪訝に思いながらも、その“妙境に達した鑿と槌の使い方”に見入る。すると見物人の一人がこう言う。

〈「あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ」〉

 そこで〈自分〉も、自宅で鑿と金槌を手に薪に向かう。しかし彫れども彫れども、薪の中には仁王の“怒り鼻”は埋っていなかった。

 漱石はこう言いたかったに違いない。凡人ではなく、天賦の才が修錬を経て確立した匠の技は、自由自在に名作を生み出せる、と。

 翻って、日本的精神が息づく現代の匠の技にはそうした力は宿っているか。食品から工芸品、日用品まで、超高級と評される日本の品々を紹介していこう。

■“八珍の一つ”熊の手そば

 記者はまず「幻の食」を求めて、山形県小国町のある山村に向かった。JR米沢駅から西に70キロ。車で1時間半ほど山道を走ると、飯豊(いいで)連峰の麓にある小玉川という集落に着く。そこは300年以上の歴史を持つ「マタギの里」だった。

 目当ての品は、当地で民宿を営み30年という「越後屋」が供する「熊の手そば」である。その名の通り、ツキノワグマの掌(てのひら)がまるごと一つ豪快に盛られたそばだ。食材の珍貴さゆえ、値段は1杯10万円(税込)!

 古来、中国でも熊掌(ゆうしょう)は最も美味な肉とされ、“八珍の一つ”として宮廷料理のメニューにもなっていた。「越後屋」の店主で、自身もマタギ歴40年の本間信義氏が語る。

「今回、食べていただくのは、2016年の春の猟期に捕獲した熊のものです。値段が張ることもあり、これまでお客さんに出せたのは10回ほどだけ。しかも東日本大震災直後、県内2カ所で獲られた熊から基準値を超えるセシウムが検出されたため、熊肉の販売は厚労省から禁止されていた。それがこの春、4年ぶりに解禁されたのです」

 まさに「幻の食」と呼ぶにふさわしい。

コラーゲンたっぷり!「熊掌」入りの「熊の手そば」

 いざ目の前にお椀が出されると、その迫力に圧倒される。薄く緑がかった平打ちそばの上に、骨と爪を取り除いた熊の掌がどんと鎮座し、お椀の半分ほどのスペースを占有している。その周りには、熊肉、わらび、ねぎ。掌の皮を剥くと、プルプルと薄茶色に輝く、厚さ4センチほどの脂の塊がのぞく。口に含んで驚いた。あまりに柔らかい。咀嚼すると、濃厚な脂の甘味と旨味、味付けの味噌の香りが口一杯に広がる。獣臭は皆無だ。

「熊の肉の味は、生前、その熊が食べた物によって変化する。この熊はブナの実をたくさん食べていたから、脂が甘いんです」(同)

 茶褐色のスープをすすると、これもまた驚愕するほど甘く、とろっとしている。

「スープも熊の骨から取っています。骨髄が溶け出すので、とろっと濃厚な出汁が取れる。レシピを明かすと、まず熊の骨と掌を煮込みます。スープが出たら、そこに肉も入れる。肉を後から入れるのは、歯ごたえを残した方が美味しいから。その後、味噌と酒、企業秘密の臭み消しを入れて、そこから1時間ほど煮込むと完成。骨と掌は4時間、肉は2時間ほど煮込むことになる。熊肉はものすごく硬いので、これだけ煮込まないと美味しくできません」(同)

 マタギ文化が生んだ熊掌の脂の深い味わい。それは他の肉では経験したことのない未知との遭遇だった。

■1本6500円の最高級XO食パン

「レトワブール」

 さて、マタギの里同様、熊肉食のジビエ文化が浸透しているのがフランス。そのソウルフード、パンに着目したい。食パン作りを極めた職人が日本にもいるからだ。1本(2斤)6500円(税込)もする「XO食パン」を世に送り出した食パン専門店「レトワブール」(兵庫県姫路市)の大島弘氏である。何故こんなに高いのか。

「すごく手間暇をかけているからです。まず1日目に、小麦粉を熱湯でこね、湯種(ゆだね)を作ります。水ではなく熱湯で練ることで、もちもちした食感が出る。それを2日間、置き、小麦の風味を引き出す。3日目に、この湯種とは別に小麦粉、生クリーム、卵、粉末の食用真珠を混ぜて、30分間寝かせます。そこに湯種と、1週間前に作っておいたXOの生地を混ぜ合わせ、さらに1時間寝かせる。その後、ドライイースト、バターを加え、2時間発酵させます。さらに1時間半最終発酵させてから40分かけて焼き、完成。普通の食パンなら5時間ほどで作れますが、XO食パンはその10倍の55〜56時間かける。僕が持つ技術、知識をすべて詰め込んだ、最高傑作です」(大島氏)

真珠まで混ぜた高級感

 最高級素材を使用している点も高価な理由の一つ。

「小麦は味わい深いフランス産のもの。真珠は伊勢産で、1本につき3グラム入っています。真珠に含まれる炭酸カルシウムが肌の美容にいいとされ、クレオパトラや楊貴妃も食していました」(同)

 この贅を尽くした逸品、製造に時間がかかりすぎるため、週に10本しか作らない。販売日は毎週木曜日のみ。概ね2週間待ちで購入できるが、最大4カ月待ちの時もあったという。

 その味は確かに普通の食パンとは違う。生クリームと卵の甘味、バニラビーンズのふくよかな香りが口中に広がる。バターやジャムなど何もつけなくても充分すぎるほど美味しい。というより、もったいなくて余計な物をつけたくない気持ちになる。風味も絶妙だが、特筆すべきはその食感だ。もっちりした生地の噛みごたえは感動的ですらある。

特集「ムダに高いモノもある日本の超高級ガイド2017」より