セブン&アイ「鈴木天皇」失脚で道連れ…息子が取締役退任

社会週刊新潮 2016年12月29日・2017年1月5日新年特大号掲載

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“コンビニ業界の天皇”鈴木敏文氏(84)の電撃失脚から8カ月。セブン&アイ・ホールディングスで巻き起こった凄まじき“お家騒動”にピリオドが打たれた。敏文氏の次男で、同社の取締役を務めていた康弘氏(51)が突如、退任を表明したのである。

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“お家騒動”にピリオドが打たれた

 まずは今回の人事について、敏文氏(現セブン&アイHD名誉顧問)にご感想を訊ねてみよう。

「次男のことは、私の(会長)退任とは何も関係ありません。本人が『他にやりたいことがある』と言っていたから、それで辞めることになった。単にそれだけの話です」

 たしかに仰せの通り康弘氏は、12月5日に“自主的”に退任届を提出。取締役会で解任動議にかけられたわけではないが、

「その言葉を鵜呑みにする関係者は1人もいませんよ。事実上“道連れ”でクビになったんです」

 とは、さる経済ジャーナリスト。

「そもそも、鈴木会長が退任に追い込まれた大きな要因のひとつが、康弘氏への寵愛っぷりなんです。富士通などでエンジニア畑を歩んでいた康弘氏を10年前にセブン&アイに入社させ、14年にネットショッピングを扱うグループ企業の社長に抜擢。さらに同じ年、『最高情報責任者』(CIO)というポストまでわざわざ用意し、周囲を驚かせました」

 そして15年5月に康弘氏はセブン&アイHDの取締役にまで昇格していたのだ。

 無論、そうした人事も実績が伴っていれば問題はなかったのだが、

「彼が手がけていたネットショッピング事業は、アマゾンや楽天といった先行企業に阻まれ、思うように業績を伸ばすことができておらず、現在も知名度は低いまま。にもかかわらずの“スピード出世”は、『鈴木会長が我が子を後継者にし、乗っ取ろうとしているのでは』と創業者の伊藤家側に不信感を与え、退任に追い込まれたのです」(同)

■“喜び組”の掌返し

 父上の失脚後、康弘氏を支持していた鈴木派の部下たちは当然のごとくぱたぱたと掌を返し始めた。

 幹部社員の1人が言う。

「これまで社内から“次男専属の喜び組だ”とまで揶揄されていた彼の腹心たちが、自らへの粛清を恐れ、ここぞとばかりに他部署や外部の人間に、『親の七光りでのし上がっただけで、所詮威張るだけの不肖の息子』、『世間知らずのお坊ちゃん』などと、慕っていた康弘さんの陰口を叩くように。そうした雰囲気を察したのか、かつては『親父は昨日こう言っていた』などと誇らしげに語っていた康弘さんの口数は次第に減っていきました。人間不信は募る一方で存在感は日を追うごとに薄くなり、ついに耐えられなくなったというのが社内での共通認識です」

 当の康弘氏本人は、

「退任は5月ぐらいから考えていました。体制も変わりましたしね。私が手がけたネットショッピング事業は緒に就いたばかりで、後は商品の力です。あくまで私はインフラ担当。その仕事が一区切りついたので辞めるだけです。社長にも慰留されましたし。今後について? いや、まったく考えていません。じっくり休んで、これから決めたいと思います」

 父上のご説明とは裏腹に、退任後の予定は白紙の様子。

 一方、康弘氏退任と同時に、創業者の次男、伊藤順朗取締役(58)が常務に昇格。

“天皇”対オーナーの戦いは完全に決着がついたのだ。

ワイド特集「夜明けの鶏(チキン)レース」より