「JR北海道」赤字批判の裏で、高規格道路に巨額投資の「不条理」

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ちほく高原鉄道(c)Chatama、CC BY-SA 3.0 Wikimedia Commons

■「赤字鉄道」と地域再生(1)

「赤字鉄道」は廃線にすべきか。それとも公的資金を投入してでも維持すべきか――。

 JR北海道が先月、営業距離の約半分に当たる10路線13区間を「単独では維持困難な路線」と発表して以来、世論を二分する大激論が起きている。

 ネット上での議論を見ている限り、どうやら「赤字なのだから、廃線もやむを得ない」と考える人が多数派のようだ。

 しかし、そんな状況に強く異議を唱えるのは、『和の国富論』などの著作で知られる地域再生の専門家の藻谷浩介氏と、『鉄道復権』などの著作で知られる交通経済学者の宇都宮浄人・関西大学教授である。

 2人の専門家は、なぜ赤字鉄道の廃止に反対するのか――? 両人の対談が収録された『しなやかな日本列島のつくりかた』から、一部を再構成してお伝えしよう。

■データに基づいて議論する

藻谷 宇都宮先生のご著書『鉄道復権』を拝読しました。実は私、長年の「鉄道ジャーナル」愛読者でして、かれこれ30年以上購読しているんです。

宇都宮 そうでしたか。案外、鉄道には距離を置いていらっしゃるのかと思っていたのですが、それは嬉しいです。

藻谷 鉄道は好きなんですが、いわゆる「鉄ちゃん」とは少し違って、モノとしての車両などではなく、社会の中で鉄道がどう機能するのかという、システムとしての鉄道に興味があるんです。なかなか言語化しにくい部分だと思うのですが、この本では、まさにそこをきっちりと分析して書かれていますよね。

宇都宮 ありがとうございます。鉄道が持つ潜在的な可能性を示すことで、これからの社会に対して鉄道は何ができるのかを考えたいと思って書きました。
藻谷 しかも、著者の主義主張は抑えて、とても客観的に、これは間違いないということだけが書かれている。一つ二つの事例ではなく、たくさんのデータを踏まえた上で、蓋然性が高いことだけを書かれているのがよくわかりました。

宇都宮 藻谷さんも全国を回られていますが、私も一応統計を専門にしている人間として、なるべく多くの都市を回って、集められる数字を集めることは心がけています。たとえば路面電車の話にしても、紙幅の都合から事例にとる都市は限られていますが、そのバックに世界の350以上の都市のデータを持っています。

■「赤字鉄道」は本当に赤字なのか

藻谷 2006年に廃止された「北海道ちほく高原鉄道」は、帯広の東の池田駅から北見に伸びていた第三セクターで、一日の客が百何十人の超閑散線でした。年間約4億5000万円の赤字を出していました。

 しかし、存続運動をしている人の話を聞いてみると、実はリーズナブルな活かし方があったのです。というのも、北見、網走から札幌に行く最短距離の鉄道路線なので、軌道強化工事をして高速化すれば、石北本線回りで行くよりも圧倒的に便利。そもそも冬の北海道での車の運転は危険ですから、鉄道の意義は大きいのです。実際に冬のJR北海道の特急の指定席は満席になることが多い。だから、軌道を高速仕様に改良して再利用しましょうよ、その方が地域活性化にもなりますよ、という運動だったのです。

 ところが、行政も経済界も耳を貸しませんでした。代わりに、廃止した線路に並行して、数百億円かかる高規格道路建設が本格化したのです。料金収入が見込めず無料開放される区間なので、地元自治体の負担はその分重く、しかもすでに通っている国道に比べ所要時間が短くならないので、完成しても使われない。まさに工事のための工事です。おまけに高規格道路は鉄道に比べて、路面補修や除雪、照明などにずっと多額のランニングコストがかかります。それだけでも年間4億5000万円は軽く超えるでしょう。

 金勘定の常識から言えばちほく高原鉄道の高速化が当然ですが、それでは地元に工事費が落ちないというわけですね。

宇都宮 道路や駐車場に何十億、下手したら100億円以上かけるということには誰も何も言わなくて、鉄道会社は1億、いや、1銭でも収支がマイナスであれば「赤字だ」と文句を言われる。

 本にも書きましたが、日本はたまたま20世紀に鉄道で成功してしまったために、「鉄道事業は儲かるものである=儲けないかぎりはムダである」という意識が生まれてしまったのだと思います。しかし鉄道は本来、「黒字」「赤字」で判断するものではない。そんなことをしているのは日本だけですよ。

藻谷 なるほど。たまたま超優等生がいたために、普通の成績の人まで全員、劣等生というレッテルを貼られてしまった。

宇都宮 そうです。だから、国内では劣等生でも、海外へ行ったら普通どころか、ひょっとしたら優等生と言われるかもしれません。

藻谷 実際ちほく高原鉄道は、アメリカに行ったらかなりの優等生でしょう。

宇都宮 不思議なのは、海外に鉄道を輸出するとなると、日本人は皆、諸手を挙げて賛成しますよね。カリフォルニア州なんて大した人口密度ではないのに、あそこの高速鉄道の受注に日本が勝つか負けるかで、皆必死です。大々的に報道されるし、お金もかける。
 一方で、盛岡から八戸、青森、函館と大きな都市をいくつも通る北海道新幹線の計画には、多くの人が無関心か、「無駄だろう」と言う。
 乗客が少ないところでも、とにかく外国に日の丸が立てば嬉しい、そのために国は支援すべきだと言いながら、一方で国内投資はけしからん、というのは、お金の使い方としてなにか間違っているような気がします。

藻谷 札幌―東京間は、ジュネーヴ―パリ間よりも沿線人口は多いですから、北海道新幹線は造って当然です。間違いなく償却前黒字になりますよ。

宇都宮 私もそう思います。「イコール・フッティング」という考え方があります。競争の土台を揃えるという意味ですが、交通サービスについて言えば、鉄道が線路のコストをも負担している以上、自動車も、道路インフラのコストをなんらかの形で負担して、なるべく競争条件を揃えるべきという、極めて合理的な考え方です。あるいはその逆で、道路と同じ様に鉄道インフラのコストも公共が出すとなれば、営業的には黒字、という路線はたくさんあるはずなんです。

(「赤字鉄道」と地域再生(2)へつづく)

※この対談の完全版は、『藻谷浩介対話集:しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社刊)で読むことができます。

藻谷浩介(もたに・こうすけ)
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』、『観光立国の正体』など。

宇都宮浄人(うつのみや・きよひと)
関西大学経済学部教授
1960年、兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。1984年に日本銀行に入行。2011年に関西大学経済学部教授に就任。著書に『鉄道復権』(新潮選書、第38回交通図書賞受賞)、『路面電車ルネッサンス』(新潮新書、第29回交通図書受賞)、『地域再生の戦略: 「交通まちづくり」というアプローチ 』(ちくま新書、第41回交通図書賞受賞)など。

デイリー新潮編集部

2016年12月15日掲載

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