“タフネゴシエイター”田中角栄 機密解除文書から読み解くその姿

政治週刊新潮 2016年11月17日号掲載

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田中角栄

■タフネゴシエイター「田中角栄」の残像(上)

 日本は「経済一流、外交三流」とよく言われる。もっとも、近ごろ再評価の動きのある田中角栄は首相時代、「タフネゴシエイター」と評された。ジャーナリストの徳本栄一郎氏が、独自に入手した米国や英国の機密解除文書を読み解き、田中外交の「光と影」に迫る。

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 新潟県柏崎市の西山町は山間に位置する静かな土地で、その小高い丘の上に田中角榮記念館はある。地元出身の田中角栄元首相の生前の写真や遺墨、愛用した品が展示され、死後二三年を経た今でも故郷の人々に敬愛されているのが伝わる。

 ここ数年、わが国では再び田中角栄ブームが沸き起こってきた。元首相の評伝や名語録が相次いで出版されて、その激動の生涯や強烈な個性に関心が集まっている。雪深い新潟の極貧農家に生まれて小学校卒の学歴で首相の座に上り詰め、そして日中国交回復や日本列島改造を断行した生き様を元国会議員の石原慎太郎は「天才」と形容した。

 だが正直言って私は今の角栄ブームには大きな違和感と物足りなさを覚えてならない。その名語録や人間臭い人心掌握のエピソードをいくら読んでも、本人のごく表層しか触れていない気がしてならないのだ。

 かつて私は石油危機に襲われた七〇年代の日本が原発にのめり込む過程を調べた際、田中政権に関する膨大な英米政府の機密解除文書を入手した。ホワイトハウスや国務省、CIA(中央情報局)などが作成したファイルで、それを小説の形にまとめたのが『臨界』(新潮社)である。そこから浮かび上がったのは戦後に出現した田中角栄という特異な政治家の存在感、辣腕ぶり、そして天才であるが故に挫折していった悲劇だった。

■日米貿易摩擦 キッシンジャーとの会談

 田中を評してよく使われる言葉に「決断と実行」「コンピュータ付きブルドーザー」がある。数字に滅法強くてずば抜けた豪胆さと頭の回転の速さで懸案を次々に解決する意味で、それが遺憾なく発揮されたのが日米貿易摩擦だった。

 首相に就任した翌月の一九七二年八月一九日、夏休みで軽井沢に滞在中の田中の元に一人の米政府要人が訪ねてきた。彼の名はヘンリー・キッシンジャー、ニクソン大統領の国家安全保障問題担当補佐官で約半月後に迫ったハワイでの日米首脳会談の打ち合わせに来たのだ。そしてこの日、二人の主な議題の一つが深刻な日本の貿易黒字の削減だった。

 六〇年代後半のわが国は「いざなぎ景気」と呼ばれる高度成長を謳歌して米国に次ぐ経済大国となるが、それに比例して急増したのが対米貿易黒字だった六七年に三億ドルだった黒字は六八年に一一億ドル、七一年には三二億ドルまで膨れ上がり米国内では市場開放を求める声が沸騰した。

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 日本政府は輸入促進の緊急経済対策をまとめたが焼け石に水で、日米の緊張が高まる中、新首相となった田中はどう取り組んだか。万平ホテルでのキッシンジャーとの会談は予定を超えて三時間に及んだが、その直後に米側が作成した議事録が手元にある。

 田中「あなたが来日されると聞いてから私は役人に短期と長期の貿易見通しを調べるよう指示し、自分でも数字を見てみました。正直言って半年や一年で問題のないバランスまで貿易収支を改善するのは可能でないと思います。三年あれば今ほどの不均衡は是正されるでしょうが(後略)」

 キッシンジャー「首相は『問題のないバランス』という言葉をどう定義されますか」

 田中「それは正確には答えづらい質問です。貿易収支とは基本的に多国間で考えるべきで日米だけでは達成できないからです。昨年の数字を見ると不均衡の金額は三二億ドルでしたが、私は役人に今年度末までに三〇億ドルを下回る手段を考えろ、それが無理なら国際的に状況を改善する他の手段を見つけろと指示しました」

■人心掌握術

 そして田中は具体的な解決策、米国からの輸入増加にずばり切り込む。

「日本側には濃縮ウラン、民間航空機、農産物の購入の問題があります。この内、農産物については当初の予測の三億九〇〇〇万ドルに加えて五〇〇〇万ドルの特別購入をするので四億四〇〇〇万ドルになります。この数字は五億ドルに達する可能性もありますよ」

「内密に願いますが、私は米国からの軍備購入を増やせないか検討するよう関係当局に指示しました。現在の購入額は約七億ドルですが、これを例えば八億五〇〇〇万ドルまで増やせないかとの内容です。もしあなたが三月末までの統計値に反映させろと言うなら、それは不可能な話です。私が言ってるのは例えば五年の期間なら可能だという事です」

 田中が官僚の人心掌握と操縦術に長けていたのは有名な話である。各省庁のエリート官僚の入省年次や公務員試験の席次まで頭に叩き込んで信頼関係を築いてブレーンに活用した。自信に満ちた口調で具体的な品目と数字を矢継ぎ早に出す話し方から、それが申し分なく威力を発揮したのが分かる。そしてこの会談で最も田中らしさを感じさせたのは次の発言だった。

「率直に言いますが、繊維問題についての佐藤・ニクソン会談では『善処する』という東洋的、いや日本的な表現が使われたと思います。わが国の国会で誰かがそう言ったなら、それは前向きの姿勢として受け取られますが外国の政府はそうではないでしょう。私はそうした誤解を避けたいと考えているんです」

■問題解決者

 この言葉の背景にはその二年前、ワシントンで行われた日米首脳会談での失態があった。この場でニクソン大統領は田中の前任者の佐藤栄作首相に、国内産業を守るために繊維の自主的な輸出規制を要請してきた。これに佐藤は「善処します」と答えたが外務省の通訳は何と「ドゥー・マイ・ベスト(全力を尽くします)」と訳してしまった。佐藤にすれば要請に応じる気はさらさらなく適当に相槌を打っただけかもしれないが、結果的に裏切られた米政府は激怒してしまう。のらりくらりと曖昧な態度を取って英訳困難な日本語を使った佐藤の責任で、それを田中は熟知していたようだ。

 ちょうどキッシンジャーが軽井沢を訪れた頃、東京の米国大使館から国務省に送られた一通の機密報告書がある。タイトルは「タナカ・ザ・マン」、田中の性格や思考パターンを分析した文書で、そこには「問題解決者」「意思決定者」と書かれていた。

「田中は抽象的よりも具体的な問題を得意とする人物として知られる。ある問題を理解できれば全ての側面を休みなく議論して、素晴らしい想像力と創造性を発揮しやすい」

「基本的に田中は理論家と言うよりも問題解決者である。(中略)一方でその取り組み方は長期的戦略よりも短期の戦術的解決に重点を置いている」

「問題解決の際に田中が見せる豪胆さや率直さ、利用できる物は何でも使おうとする姿勢は日本社会の伝統に反するが、それは例外ではなく、戦後の虚無主義と弱肉強食の空気の中で成功してきた事を反映している」(七二年八月、国務省文書)

 田中にとって日米貿易摩擦はまさに本領を発揮した分野で、それまで培った官界人脈と決断力を十二分に見せつける場だった。両国の政府が頭を悩ませてきた巨額黒字はわずか一年で解消に向かったのだった。

(文中敬称略)

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 タフネゴシエイター「田中角栄」の残像(下)へつづく

特別読物「米英の機密文書にタフネゴシエイター『田中角栄』の残像――徳本栄一郎(ジャーナリスト)」より

徳本栄一郎(とくもと・えいいちろう)
1963年佐賀県生まれ。英国ロイター通信特派員を経て、ジャーナリストとして活躍。国際政治・経済を主なテーマに取材活動を続けている。ノンフィクションの著書は『角栄失脚 歪められた真実』(光文社)、『1945 日本占領』(新潮社)等多数、小説に『臨界』(新潮社)がある。