「来日プーチン」を籠絡する長門市の潜在能力

国際2016年12月14日掲載

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 12月15日に来日するロシアのプーチン大統領。首脳会談の場となる山口県長門市はすでに大騒ぎだ。人口わずか3万余の小さな海辺の田舎町はたった1日のイベントのために、あらたにロシア語の看板やらパンフレットを製作。さらには焼き鳥が土地の名産ということで「ロシア風やきとり」なるメニューを作ったり、地鶏を炒めて「ピロシキ」に仕立てたり、さらには地元和牛で「ビーフストロガノフ」だって。もう何をやりたいんだかわからないけど、とにかく「お、も、て、な、し」にいろいろと知恵を絞っている。

 けど、もちろんのことプーチンは焼き鳥を食って、温泉につかるために来るのではない。長門市は重要な首脳会談、外交交渉の場なのである。それなのに、ここにきて「成果なし」の空気が、日本の政界、官界に漂い始めている。詳しくは前回記事「プーチンがロシア最大の石油会社〈ロスネフチ〉の株を日本に渡さなかったワケ」にその理由の一端が書いてあるのでお読みいただくとして、もし「成果なし」なら、どうしたらいいのだろう。

 そこはもう、プーチン大統領閣下には存分に日本を堪能していただいて、気分よくお帰りいただくしかないけど、焼き鳥や和牛ビーフストロガノフで満足させられるかどうかはあやしい。となるとプーチンの嗜好を勝手に忖度してみる必要があるだろう。
 
 KGBの職員として東ドイツのドレスデンに赴任していたプーチンだが、90年にソ連に戻るとすぐに故郷レニングラード(今のサンクトペテルブルク)の中心部から車で1時間半ほどのところ、フィンランドとの国境に近い「カレリア地峡」に別荘を構えた。数年後、ここは火事で焼け落ちてしまうのだが、同じ場所に同じ家を建てたくらいだから、よっぽどのお気に入りだったのだろう。最新刊『プーチンの世界――「皇帝」になった工作員』にはこんな一節がある。

《(プーチンの)友人7人も近くに別荘を建設した。96年晩秋、彼らは別荘組合〈オーゼロ〉(湖の意)を正式に登記し、周囲にフェンスを張り巡らして一帯をゲーテッド・コミュニティに変えた。伝えられるところでは、彼らは車に相乗りしてサンクトペテルブルクから別荘まで移動するほど仲が良かったという。》

 となると、この「カレリア地峡」を詳しく知る必要があるようだが、結論から言えば、自然豊かな保養地である。湖があり川があり、みんなここで釣りやハイキングを楽しむというから、これを長門市に当て嵌めてみよう。

 川――会談場所となる山口屈指の名門旅館「大谷山荘」の裏には清冽な音信川(おとずれがわ)が流れる。なんでも叶わぬ恋に身を焦がした遊女がその思いを手紙にしたため、そっと川に流したことから、この名がついたらしい。「せめて2島だけでも……」と安倍首相がしたためるかどうかは分からない。

 魚――プーチンは釣り好きらしいが、ここの釣りはともかく、魚はめっぽう旨い。地元仙崎漁港は「仙崎トロあじ」「仙崎だるま鯛」「仙崎ぶといか」と、日本海の荒波で育った身の引き締まったブランド魚(いか)を生み出す名漁港だ。

 で、他には……長門市民に聞いてみたところ、

「瓦そばは旨いよ。瓦の上に茶そばを乗っけて焼くんよ。海苔、錦糸卵、もみじおろしを乗っけてな。あとはなァ……」で、言葉が詰まる。「あ、そうじゃ、来年、星野リゾートが着工するんで」――といってもで先の話じゃねェ。あとは?

「うーん、俵山温泉の“猿まんじゅう”に、種無しで使いやすい柚子“ゆずきち”かァ」――だそうで。ちなみにプーチンはカレリア地峡の別荘ではこんな風に過ごしていたという。彼がまだ中央政界に登場する前のことだ。

《彼らは1990年代のモスクワの政治家たちが犯す数々の過ちを遠巻きに眺めていた。しかし誰一人として、それを変える力を持ち合わせてはいなかった。その夏、〈オーゼロ〉のテラスやサウナでウォッカを飲みながら、彼らがこんな会話を交わしたことは想像に難くない。「オレたちのような人間が舵取りをすれば、この国はどれだけ良くなることか。あいつらは国民を破滅や崩壊の淵に追いやっていることに気づいていないのか?」(同書より)》

 プーチンにこれだけ胸襟を開かせれば、それだけで成功といえるだろう。きれいな川、旨い魚、猿まんじゅう、瓦そば……。一度は訪ねてみたい、山口県長門市。ちなみに言うと、当日は警備上の都合で市内公衆浴場が閉鎖となるのでご注意を……。

デイリー新潮編集部