中国経由の違法伐採木を一掃せよ!「新国立競技場」は日本林業の救世主になるか

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 きっかけは、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の整備。すったもんだの末に、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所の共同企業体(JV)による「木と緑のスタジアム」デザイン案が採用されたが、計画では国産木材が多用されることになっており、建設に必要な木材は2000立方メートルと見積もられている。

 江戸時代から続く「速水林業」の速水亨さんも喜びを隠せない。「スギの丸太で換算すると、ざっくり2万本ぐらい。その他の五輪関連施設で使用される木材も含めれば、業界全体で数億円の〈特需〉が見込めます」。

「それだけなら大したインパクトはないですが、むしろ、これだけ注目されている場所で、日本の木材の良さをアピールできること自体が、業界にとって計り知れないメリットだと考えています」。

「日本林業の未来にとって、もっとも重要なのは、五輪会場には環境基準を満たした〈FSC認証材〉のみを使うようにすることです。日本の材木市場には、中国系企業から流れてくる出所の怪しい木材をはじめ、国内外から集まってくる違法伐採木がたくさん流通しています。世界中が注目する五輪開催を機に、日本市場から違法伐採木を一掃し、日本林業の復活につなげたいと考えています」。

 どういうことか? 速水さんと藻谷浩介さんの対談が収録されている『和の国富論』(新潮社刊)から、一部を再構成してお伝えしよう。

■違法伐採の害悪

[左]『和の国富論』の著者藻谷浩介氏[右]速水林業代表の速水亨氏

速水 木材だろうがバイオマスだろうが、木を伐ったら、その分は必ず植えるというのが林業の基本です。植林コストを負担しない業者は、木材を安値で叩き売るから、真っ当な業者が立ち行かなくなる。再生産を目指さない伐採行為から出て来る木は、再生産を目指す業者の木を瞬く間に駆逐してしまうんです。

藻谷 うーん、まさに「悪貨は良貨を駆逐する」ですね。

速水 儲けが出なければ、誰も木を伐らなくなる。そうなれば日本の山林は荒れ果ててしまう。これを防ぐためには、まず海外で違法伐採された木の輸入を禁止すること。再生産の義務を果たしていない木は、一本たりとも日本に入れてはいけません。

藻谷 公害を垂れ流す海外の工場で作った製品を買うべきではないのと同じですね。よくCMで「アマゾンで植林をしています」「東南アジアの森を守っています」とか流れていますが、ああいう会社は再生産義務を果たしているのですか?

速水 企業によりますが、大抵の場合、これまで伐採してきた面積に比して、わずかな面積に植林しているに過ぎません。また、豪州やインドネシアでは、ユーカリやアカシアマンギウムという超短伐期の木を植えている。これらは成長が早い分、養分を大量に消費するので、土壌が痩せ衰えて、長期的には再生産が不可能になってしまいます。

藻谷 速水さんのご著書『日本林業を立て直す』の中に、「ラワン材の違法伐採の末、木材輸入国に転落したフィリピンでは、結局誰も幸せになっていない」とあったのが印象に残っています。

速水 そうです。だから、他の先進国はみんな違法伐採されたものは買わないという法律を作ったわけです。それなのに、日本だけが作らない。
環境意識が高いEUはもちろん、アメリカもレイシー法という州間の野生動物などの取引を禁止した一〇〇年以上前の法律を改正して、違法伐採を規制しています。遅れていたオーストラリアでも新しい法律が出来ました。そのうち、違法伐採の木材がすべて日本に集まるなんてことになりかねない。

藻谷 規制嫌いのアメリカが、よく規制に踏み込めましたね。林業ロビーとかに邪魔されなかったのでしょうか?

速水 いや、林業ロビー自体がそれをやりたがったんです。違法伐採の木を規制したら、木材価格が六%上がるはずだと計算して。日本でも、法政大学の島本美保子教授が、違法伐採材の輸入を規制すればベニヤの値段も上がるという試算を出しています。規制は、林業関係者にとってもベニヤ業者にとっても絶対にプラスになるはずなんですが……。

■日本は違法伐採木と手を切れるか

藻谷 違法伐採木を輸入すると、みんなが損をする。だからアメリカの林業ロビーだって規制に賛成したのに、日本がそれをやらない理由って何なんでしょう?

速水 それはすごく簡単な話で、ただ面倒くさいだけなんですよ。

藻谷 えっ!? と驚きたいところですが、日本ではよくある話ですよね。本当は規制をした方が、公益に即するだけでなく企業も儲かるんだけど、「規制緩和」という、怪しい経済学者が広めた現代の錦の御旗に逆らうのは、エネルギーを要するのでやりたくない、と。

速水 林野庁の人に掛け合った時も、「そういう規制は業者の方も面倒くさがるから」って。たしかに全国木材組合連合会とかも、みんな面倒がってやる気がない。

藻谷 私は農水省の審議会にいたことがあるのですが、何が驚いたって、全部で二〇〇頁ぐらいある「攻めの農林水産業」という審議会資料の中に、林業の話が数頁しかなかったこと。当時はバイオマスのバの字も書いてなかった。林野庁の気配の薄さに感動すら覚えました。

速水 林野庁って技官の集まりだから、良くも悪くも孤立した組織なんです。他の部門と協調して何かをやるというのが苦手なんです。

藻谷 時流に乗った怪しい動きはだめだぞ、と自制しているのかもしれませんが、「日本林業もFSC認証(環境保護を考慮した国際的な森林認証制度)を取って木材を輸出するぞ」ぐらい書いておけばいいのに(笑)。

速水 ちなみにオリンピックは、これまでずっとFSC認証の紙や木材を中心に使ってきました。ところが日本政府はFSCに無関心だから、ついに東京オリンピックでFSC認証材の利用が途絶えてしまうかも知れないという大問題があって……。
 
 政府がFSC認証でやるぞって言ったら、日本でも一気に森林認証制度が広がると思うんですが、その一言がなかなか出ない。あまりに広く目配りし過ぎて、逆に反対意見に縛られて動けなくなる。以前は林野庁OBから「何で西洋の民間団体が作った認証制度に俺たちが従わなくちゃならないんだ」という意見が出たりして、いろいろ大変みたいです。

藻谷 環境破壊の深刻な中国での北京オリンピックですら、FSC認証材でやったというのに、日本ができないというのは恥ずかしい。でも、オリンピックはともかく、中国も違法伐採された木をバンバン買いまくっていそうですが。

速水 だから、いまは中国経由で日本に違法伐採木が入ってきているんです。日本企業は、「木材や木製品を輸入する際は、海外業者に違法伐採ではないかどうか確認している」と言いますが、単なる自己申告で、トレーサビリティ(追跡可能性)もまったくない。他の先進国はトレーサビリティがない木は基本的に輸入できません。

藻谷 日本は、他の先進国では制限されているネオニコチノイド系の農薬もいまだに使っている。いつまでも途上国のような振る舞いをしていないで、先進国の道を堂々と歩んでほしい。まずは一刻も早く違法伐採と手を切るべきです。

※この対談の完全版は、藻谷浩介『和の国富論』(新潮社刊)で読むことができます。

藻谷浩介
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』など。

速水亨
速水林業代表
1953年、三重県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。東京大学農学部林学科研究生を経て、現職。世界的な森林認証システムであるFSC認証を日本で初取得するなど、先進的な経営で知られる。森林再生システム代表取締役。日本林業経営者協会顧問。主な著書に、『日本林業を立て直す―速水林業の挑戦』(日本経済新聞社)。

2016年10月20日掲載

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