サンマが獲れなくなったのは中国・韓国・台湾の乱獲のせいなのか? 漁業者性悪説のウソ

中国2016年10月12日掲載

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■漁業者性悪説のウソ(1)

秋の味覚と言えば、真っ先にサンマを思い浮かべる人も多いだろう。そのサンマの価格が乱高下している。

昨年は約40年ぶりの深刻な不漁を記録し、今年はさらに水揚げが減ると予測されたことから、7月のシーズン当初より価格が高騰。築地市場では1匹当たり3300円の高値がつくこともあった。

ところがその後、徐々に水揚げが増えて価格が下がり、10月に入るとスーパーでは1匹100円を切るようになった。すでに60円台の特売セールを行うスーパーも出始めたというから、まさにジェットコースター並みの急降下である。

なぜサンマの価格は、このような乱高下を見せたのか? 漁業経済学者の濱田武士・北海学園大学教授に話を訊いた。

「魚価が乱高下すると、世間でよく槍玉に挙げられるのは、第一に〈漁業者による乱獲〉、第二に〈非効率な流通市場〉です。近年は、とくに中国・韓国・台湾など近隣諸国の漁業者による乱獲が問題視される傾向があります。」

「しかし、不漁の原因を〈乱獲〉だけに求めるのは無理があります。たとえば、夏期に漁獲量が伸びなかったのは、道東・三陸沖に長い間暖水塊が止まっていた影響もあります。根拠のない漁業者性悪説を振り回せば、かえって問題をこじらせるだけでしょう。そもそも専門家から見れば、魚価が乱高下するのは〈当たり前〉なのです」

どういうことか? 濱田教授と藻谷浩介さんの対談が収録されている『和の国富論』(新潮社刊)から、一部を再構成してお伝えしよう。

■漁業は「野生生物」が相手である

藻谷 濱田さんの『日本漁業の真実』(ちくま新書)を拝読して、漁業の流通の仕組みは、同じ一次産業である農業や林業とはまったく別物だということがわかりました。

藻谷浩介さん(左)漁業経済学者の濱田武士さん(右)

濱田 同じ「自然」を相手にする一次産業と言っても、漁業の場合、どこにどれだけの数がいるか完全に把握できない「野生生物」が相手ですから、農業や林業とはかなり状況が異なります。

藻谷 言われてみれば当たり前なんですが、たとえば山の中で獲ってきた野生のシカやイノシシだけで食肉マーケットが成り立つか、あるいは「原っぱに生えていた麦を取ってきました」だけで農業が成り立つかどうかを想像してみれば、漁業の特異さがわかります。養殖は別として、一般漁業のように純粋な野生生物を捕獲してくるだけで、これだけ多くの人を養っている産業なんて、他ではありえない。
自然任せを脱せられない漁業が、大規模な産業として成り立っていること自体が奇跡的です。もし今の技術を使って里山で好き放題に狩猟採集をしたら、あっという間にハゲ山になってしまう。

濱田 それだけ海の再生産能力がすごいということです。とは言え、徐々に漁業が経済的に成り立たなくなっているのが現実です。今の経済社会システムにおいて、その供給の不安定さは、やはり大きなマイナスポイントになってしまいます。

藻谷 農業であれば、品種改良や農法で安定性を上げることも出来るし、売れなくなってきたらパッと転作するという手もある。林業であれば、100年先のことまで考えて計画的に植林できるし、市況が悪ければ5年10年寝かせておいても品質が劣化しない。もちろん、農業も林業も天災の影響は被りますが、それでも漁業に比べれば、かなり安定している。

濱田 その点、漁業は本当に出たとこ勝負で、獲れたり獲れなかったりの差が激しい。その日にどの魚がどれだけ獲れるかわからない。その上、すぐに腐る。冷凍という手もありますが、基本的に水産物は鮮度がものを言う商品ですから、獲れたらなるべく早く売らなきゃいけない。

■非科学的な「乱獲」議論

藻谷 魚資源が有限であることは言うまでもないですが、一方で、近年の「乱獲批判」の風潮にも、本の中で疑義を示しておられましたね。

濱田 はい。最近は漁獲量が減れば、何でも「漁業者の乱獲」のせいにされます。しかし、そのような報道の多くは、最初から「答えありき」の非科学的な議論になっています。

藻谷 確かにマスコミでは、「目先の利益に走る漁業者が乱獲を繰り返し、魚が獲れなくなったら、今度は補助金を要求して、税金の無駄遣いをしている」というステレオタイプな漁業バッシングが横行していますね。

濱田 まず大前提として、野生生物の資源量はあくまでも「推定量」でしか把握できません。しかも、特定の海域で魚が増えたり減ったりするのは、自然の大きなサイクルの中で普通に起こることであって、そこに漁獲量がどれだけ影響しているかはよくわかっていません。もちろん、影響している場合もあるでしょうし、そうでない場合もあるわけです。

藻谷 気候変動が、CO2の影響もあるんだけど、それだけで決まっているわけでもないというのと同じで、魚資源の変動メカニズムは科学的にみればよくわからない。それなのに、似非(えせ)専門家が根拠の怪しい「科学的解決策」を振り回し、本当の専門家の慎重な言動はマスコミに無視される。

濱田 たとえば、日本近海では、明治期にはカツオがいっぱい獲れて、戦前はマグロがたくさん揚がり、戦後それがぱったりいなくなったと思ったら、今度はブリが大量に入って来たなどの変化が見られました。そこには漁獲の影響だけでは到底説明しきれない、ダイナミックな自然の変動があるわけです。

藻谷 マイワシなんかも、急にいなくなってしまったり……私の子供の頃なんて、瀬戸内の田舎町で育ったのですが、マイワシは10匹100円で売られていて、「また今日もイワシですか」みたいな感じでした(笑)。

濱田 マイワシは、昭和初期にはいっぱい獲れたのに、戦中にはまったく獲れなくなりました。それがまた一九七〇年代から急激にたくさん獲れるようになって、80年代後半にピークとなり、90年代にまた激減しました。

日本のイワシ漁獲量の年変化(杉本隆成ほか「資源変動の歴史的変遷」2005)

藻谷 ニシンなんかも、なかにし礼作詞の「石狩挽歌」じゃないですけど、海から湧いて出るほどたくさん獲れた時代はすっかり昔語りになってしまったわけですが、乱獲だけが理由ではないと。

濱田 群来(くき)と言って、明治の頃は、北海道の沿岸が産卵しようとするニシンで埋め尽くされていました。最近、孵化放流に力を入れて、また戻ってきています。

藻谷 ハタハタも、昔は山ほど獲れていたのに、70年代後半になると急に獲れなくなった。あの時は、「あんなに卵を食べたからだ」なんて言う人がいましたが、実際のところはどうだったんでしょう?

濱田 獲れないので、秋田県では92年から3年間、全面禁漁をやってみたら、それなりに戻ってきた。でも、昔ほどたくさん戻ってきたわけではないので、やはり漁獲の影響だけでなく、何かしら自然のサイクルもあったのだと思います。

藻谷 瀬戸内海で魚が減ったのだって、乱獲のせいだけではなく、むしろ環境要因が大きかったのでは?

濱田 今は陸上の開発の問題が大きいです。海辺に臨海工業地帯が開発され、山には用水と電気を供給するための多目的ダムがたくさん開発されました。すると山の養分がダムで堰き止められて海に届かなくなり、代わりに工業排水や生活汚水が流れ込んで、海がダメになった。

藻谷 で、慌てて工業排水と生活汚水を減らしてみたら、今度は海がキレイになり過ぎて……。

濱田 海が痩せて、ますます魚が減り、海苔が黒くならなくなった。

藻谷 いま一生懸命、もとに戻そうとしていますが、一度崩れてしまった海の成分のバランスは、そう短い時間では回復しそうもない。地球の大自然を人間様が何でも簡単にコントロールできると思ったら大間違いだと。

濱田 そうです。私は漁獲量制限自体には反対していません。ただ、本当の資源量はわからないという科学の内実を無視して、疑似科学を振り回して、漁獲減少の責任を一方的に漁師に押し付けることに異議を唱えているだけです。

藻谷 その背景には「漁師性悪説」とも言うべき、都会のインテリ層の思い上がりがあるように思います。要するに、「漁師は先のことを考えられないから、俺たちが止めない限り、魚が枯渇するまで獲り続けるに違いない」と勝手に思い込んでいる。

濱田 そうそう、なぜか完全に上から目線。漁師たちは自分たちの生活がかかっているわけですから、競合する漁業者らと話し合いでルールを作って漁場や資源を保全しているのです。漁業者集団による資源管理です。そういった実態が日本各地にあることを知りもしないで、漁獲量が減っただけで、「乱獲批判」を煽るのだから、呆れてしまいます。

漁業者性悪説のウソ(2)へつづく)

※この対談の完全版は、藻谷浩介『和の国富論』(新潮社刊)で読むことができます。

藻谷浩介
(株)日本総合研究所調査部主席研究員
1964年、山口県生まれ。東京大学法学部卒。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学ビジネススクール留学等を経て、現職。地域振興について研究・著作・講演を行う。主な著書・共著に、『デフレの正体』、『里山資本主義』、『藻谷浩介対話集 しなやかな日本列島のつくりかた』、『和の国富論』など。

濱田武士
北海学園大学経済学部教授
1969年、大阪府生まれ。北海道大学大学院水産学研究科博士後期課程修了。東京海洋大学准教授を経て、現職。著書に、『伝統的和船の経済』、『日本漁業の真実』、共著に、『福島に農林漁業をとり戻す』など。2013年、『漁業と震災』で漁業経済学会学会賞。近刊に、『魚と日本人―食と職の経済学』(岩波新書)。