14歳の坂上忍をストリップ小屋に連れて行った名監督は?

芸能 2016年10月19日掲載

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坂上忍さん

 未成年のタレントに酒を飲ませたということで、「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音が活動自粛に追い込まれたという一件は記憶に新しい。

 このニュースについては「当然だ。ざまあみろ」「酒ぐらいはいいのでは。厳しすぎる」等、人によって意見はさまざまだろう。

 俳優の坂上忍さんは、新著『スジ論』の中で、「飲酒」をはるかにしのぐ、今ならば大問題にされそうなエピソードを披露している。お世話になった諸先輩の思い出を振り返った第4章「惚れた背中を勝手に追い続ける」の中から、相米慎二監督について綴ったところを抜粋して、引用してみよう。

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■脚本を直せ

 残念ながら若くしてお亡くなりになってしまいましたが、子役という職業から足を洗うことしか考えていなかったわたしは、相米監督に出会っていなかったら確実に辞めていたとおもいます。

 なにが凄いって、わたしが監督に出会ったのは14歳の頃。まだ子役に毛が生えた程度の小童(こわっぱ)です。でもね、全然子供扱いしないんですよ。まず監督に指示されたのが「脚本を直せ」でした。14歳ですよ14歳。14歳のガキに脚本直せってね、どういう神経してんだって腰を抜かしそうになりましたが、監督の命令は絶対ですから、見様見真似で直しを入れた次第。

■ストリップとショーパブ

 で、今度はクランクイン前に呼び出されて連れて行かれたのがストリップ小屋です。この話、テレビだとカットされちゃうんですが、新宿のストリップ小屋に連れて行かれ、踊り子さんのショーを観ろと。目を背けるなと。思春期真っ盛りのわたしはドギマギを通り越して踊り子さんではなく、お客さんであるおじさん達の後頭部にピントを合わせていたことを鮮明に覚えております。

 で、お次はショーパブでした。席に着くなり一般のお客さんが観てる前で即興でシブがき隊を振り付きで歌わされるハメに。もうね、とにかくやることなすこと常識からかけ離れた監督でして。当然、14歳のわたしに監督の意図が伝わるはずもなく……ところが、いよいよクランクインして撮影を重ねていくうちに、なんとな~く監督が、「役者って商売は恥をかいてなんぼなんだ」「恥をかくことを恐れるな」って言いたかったのかなって。

■徹底的にかまってくれた

 監督によくダメ出しされたのは、「綺麗に芝居をするな」でした。

 相米監督の凄さは、ガキであろうと大人であろうと、有名だろうが無名であろうが徹底的にかまってくれるところ。監督は長回し(1シーン1カットが基本)で有名でしたが、フィルムが回るのは酷い時で夕方近くになります。それまで納得がいくまでテストを繰り返し、ダメ出しは△と×のみ。△をもらうとようやくフィルムが回りはじめる。ちなみに○はありません。

 でも今おもえば、あんな幸せな現場はなかったな~と。そりゃあ無制限にテストを繰り返すわけですから時間はかかります。けど、我々役者の立場からすれば、それだけ見てくれてるってことなんです。相米監督の「徹底的にかまう」は、細かいところまで見続けるということ。そして決して見捨てることはない。時間をかけて見続けることによってわたしを育ててくださった相米監督。影響を受けないわけがないですよね。

 わたしが映画を監督する際、舞台を演出する時、子役スクールの子達との向き合い方等々……監督から教えて頂いたモノがベースになっていることは間違いありません。とはいえ、なかなか相米監督の域にはね。でも、監督の背中を追い続けることが、少なからず恩返しにもなるのかなと。

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 相米監督は2001年、53歳の若さで亡くなる。坂上さんにとっては、常に「土下座をしても一緒に仕事をしたい監督」だったという。

デイリー新潮編集部