【リオ五輪】重量挙げ「八木かなえ」 “脚”で体操選手の道を絶った過去

スポーツ週刊新潮 2016年8月4日号掲載

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 怪力自慢にも見える重量挙げは、実際は肉体の強靭さとしなやかさが必要な奥深い競技。53キロ級の代表として、リオで2度目の五輪挑戦を果たすのが八木かなえ(24)だ。中学時代は全国レベルの体操選手だったが、故障を機にその道を断念。それこそ、まさに「ケガの功名」だった。

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(※イメージ)

「初めて体操を教えた時から“この子は選手として大成する”と思っていました。センスが良い上に脚力が強いのが特徴でしたね」

 と言うのは、八木が5歳の時から体操を指導した、神戸ジュニア体操クラブの川端京子コーチ(49)だ。

「八木さんは、早くから中学生離れした身体的な能力を発揮していました。とくに、持ち前の脚力を生かした床や跳馬が得意。中学2年生の時には全国の高校生も参加する『全日本ジュニア選手権2部』に出場して、跳馬で3位、個人総合で7位。私は感心するばかりでした」

 しかし、八木は体操選手としては致命的な身体的ハンデを負っていたという。

「実は、彼女の膝やつま先の関節は他の選手と較べてとても硬かった。そのため、脚を伸ばした時にきれいな直線にならないんです。小さい頃から柔軟体操をしたり、病院や整骨院に通いましたが矯正はできなかった。遂には小学4年生の時に、大学病院の医師に“この子はこういう脚なんや”と宣告されてしまったのです」

 が、その診断は決して悲観すべきものではなかった。

「関節さえ柔らかくなれば、先々、体操選手としての五輪出場も決して夢ではなかったと思います。ところが医師は“これはスポーツをするにはもってこいの脚。イチロー選手もこの脚なんや”と言うのです」

 長年、八木やコーチを悩ませた両脚が、“体操以外の競技なら必ずピカイチの成績をもたらす”と太鼓判を押されたというのだ。

■重量挙げに一目惚れ

 転機は間もなく訪れた。

「中学2年の冬のことです。八木さんは跳馬の練習中に右手か左手の指を骨折してしまった。それをきっかけに、彼女は意欲を失って体操をやめたのですが……」

 ここからは、八木を高1から社会人になった現在に至るまで、8年にわたって指導してきた横山信仁コーチ(67)が振り返る。

「八木は中学3年生の時、高校の学校説明会に来てましてね。その時、重量挙げを見学して“私はこれをやるんや”と一目惚れしたんだそうです。入部後、彼女の脚力と体幹には天性の強さがあることが分かり、思わず“お前をチャンピオンにしてやるぞ”って言ったのを覚えています」

 重量挙げに必要なのは強靭な下半身。とくに脚の力は全ての基礎になるという。

「聞けば、体操選手の頃は床と跳馬が得意だったと言う。ともに脚力が必要な跳躍が重要ですから、それがバーベルを持ち上げる時に大いに役立っているわけです。脚力だけなら、ロンドン五輪で銀メダルを獲得した、先輩の三宅宏実に勝っていると思う。また、バーベルを持って片足を踏み出し、頭上に上げる動作をジャークと言いますが、体操の力強い跳馬を支えた瞬発力もそれに生かされていると思います」

 塞翁が馬――。

 骨折を機に体操は断念したものの、重量挙げで医師の慧眼は証明された。かつて八木に挫折をもたらした脚線は、やはり、大いなる力を秘めていたのである。

「特集 秘されたドラマ! 汗と涙の『日の丸』アスリート」より