LINE上場に見る日本人の幼児化 「ミスター円」が語る

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 6月10日、東証に株式の上場を承認された「LINE」。時価総額は6000億円と見られ、今年の株式公開“最大の目玉”として注目を浴びている。如何にこの通信アプリに人々が群がっているかを表しているが、その流れに「日本人の変質」を見るのは、元財務官の榊原英資氏(75)。「ミスター円」と言われた同氏が、日本人へ警告を発する。

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現在は青山学院大学で教鞭をとる

 高校時代、留学先のアメリカでディベートを行った時の記憶は今でも鮮明です。あるテーマについて、クラスが賛成と反対の立場に分けられ、自分の個人的な意見は脇に置いて、賛成のグループなら賛成、反対なら反対を主張する。一定の時間が過ぎたら立場を入れ替え、先ほど賛成だった生徒が今度は反対の立場で意見を述べるのです。これは物事をいろいろな角度から見る訓練になりました。ものの見方は一つではない。絶対的な正義も完全な悪もないということを理解する一助となったのです。

 大人とは、このように物事には白か黒かだけではなく、灰色もある。物事にはさまざまな見方があることを理解している人物を指すのではないでしょうか。それが奥深さや節度のあるものの見方に繋がっていくのでしょう。

 しかし、翻って今の日本はどうか。

 政治家も企業経営者も、イエスかノーかの二者択一式の判断に陥る人ばかり。典型が、昨年、「気に入らないマスコミは潰せ」と発言した自民党代議士です。自分と異なる意見を持った相手を一方的に攻撃するという発想は、「二分割思考」そのものと言えるでしょう。

■金儲けのターゲット

 私が日本の将来を憂えているのは、国を支えていくべき若者も、こうした思考に陥る傾向にあるからです。

 今の若者は、ディベートどころか一日中、スマートフォンをいじくっている。フェイスブックやLINEなどSNSの利用が異常なほどに広がっています。

 彼らはこれで常に誰かとコミュニケーションが取れていると錯覚しがち。しかし、SNS上での交流は実際はごくごく狭い、自分と近しい人間関係の中だけで行われているに過ぎず、しかも対話とは呼べないやり取りで充足されているのが現実です。これはコミュニケーション能力の低下や異質なものの排除に繋がる。若い頃に異質なものの中に飛び込むことは、自らを「社会の中の私」と客観視するために重要なことですが、一日中SNSならとても無理ではないでしょうか。

 また、より問題なのは、スマホは、ゲーム依存への近道であるということです。ゲームに嵌ると、瞬発的な判断はできるようになるかもしれませんが、ものをじっくりと考えることができなくなる。じっくり考えるとは、すなわち、「疑う」ことですが、ゲームは、それとは逆で、イエスかノーか、黒か白かという世界。これでは、社会の幼児化が進むのは当然です。

 IT企業には、自らの行動を振り返ってみてほしい。子供を金儲けのターゲットにし、次から次へと新商品を出して普及させることが、社会全体にどんな影響を与えるのか、考えてみたことがあるのでしょうか。利益至上主義に陥らず、パブリックマインドを持って経営を行うことこそ、大人のふるまいなのです。

 近頃は、安保法制や尖閣問題などの話題が相次ぎ、「外からの脅威」に人々の目は向きがちです。しかし、以上述べてきたように、このまま幼児化が進めば、日本人の知的退廃も進行し、国は「内側」から壊れてしまう――私はそう真剣に危惧しているのです。

「ワイド特集 身から出たサビ」より

週刊新潮 2016年6月23日号掲載

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