90歳で再婚の元公明党委員長 創価学会と党の関係暴露で除名の過去

国内 政治 週刊新潮 2016年6月9日号掲載

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〈墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし〉と詠んだのは、60代半ばで家庭ある年下の女流歌人と恋に落ちた歌人の川田順である。だが、老いらくの恋という意味では、こちらも負けていない。公明党躍進の立役者ながら、政界引退後は古巣に裏切り者と罵られ続けた竹入義勝氏。御年90歳の元委員長は、人知れず新たな伴侶を得ていた。

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 福岡市内の官庁街にほど近い閑静な住宅地――。二重のオートロックで厳重に守られた、築10年に満たない真新しいマンションの一室が、竹入氏の新居であり、愛の巣である。

 創成期の公明党で20年もの長きに亘り、委員長を務めた竹入氏は党の枠を超えた活躍で知られる。日中国交正常化に際しては、親交の深かった田中角栄と周恩来首相(当時)との橋渡し役を担った。

 だが、1990年に永田町を去ると、それ以降はほとんど表舞台に姿を現していない。そんな竹入氏に降って湧いたのが、今回の再婚話だった。

 知人が明かすには、

「6年前に奥さんを亡くされてから、竹入さんは恵比寿の自宅で独り暮らしをしていました。足腰が弱って盆栽の手入れも満足にできないと聞き、心配していたのですが、“どうやら再婚したらしい”という情報を昨年末に耳にしまして……。お相手の女性は60代後半で、竹入さんと同じく日蓮正宗を信仰しています。信徒が集まる法華講で知り合って一昨年に入籍し、現在は、彼女の実家がある福岡で暮らしているそうです。ただ、お子さんたちに反対されたこともあって再婚は公にしていないとか」

■静かな日々

 何しろ、今年で卒寿を迎えた父親の再婚話である。子供たちが困惑するのも無理はなかろう。

「確かに、2人の妹たちは、亡くなったお袋のことを思って最後まで親父の入籍を嫌がっていましたね」

 淡々と語るのは竹入氏の長男である。

「2年前に親父が再婚すると言い出した時は、本当に寝耳に水でした。しかも、福岡で暮らしたいと言う。入籍はともかく福岡に引っ越したら、親父の身に何かあってもすぐには駆けつけられません。転居だけは思い留まるよう説得しましたが、頑として譲らなかった。最後は親父の気持ちを尊重して僕が折れました。僕ら兄妹は相続を放棄することにして、恵比寿の家も売却しています。これまで大変な苦労をして僕らを養ってくれたわけですから、最後くらいは親父の好きにさせてあげたかった」

“苦労”とは、古巣からの執拗な攻撃に他ならない。

 政界引退後の98年、竹入氏は朝日新聞紙上で創価学会と公明党の政教一致の実態を暴露し、党を除名される。

 聖教新聞や公明新聞はその後、“天下の変節男”“欺瞞の天才”“恩を仇で返す人間失格”と、竹入氏に批判の集中砲火を浴びせ続けた。

「その頃から、我が家は学会の偵察隊に監視されているんです。和解に終わったものの、党の金を横領したとして親父が訴えられたこともありました」(同)

 そうした“攻撃”から逃れるため、新たな暮らしを選んだのだろうか。

 竹入氏本人に取材を申込むと、言葉少なに、

「年齢も年齢ですし、ただただ、静かな日々を過ごすことを望んでおります」

 とだけコメントした。

 身も心も捧げた組織にも、家族にも別れを告げ、かつての大物政治家は老いらくの恋を選んだのである。

「ワイド特集 言ってはいけない」より