樋口毅宏 男の子育て日記「おっぱいがほしい!」その4

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小説家・樋口毅宏さんは結婚を機に京都に移住した。弁護士として活躍する奥さんに代わり、日中は樋口さんがつきっきりで子育てをしているという。そこで気づいた世の男たちの思い上がり、母になった妻の変化、子どもから教えられることの数々。週刊新潮で連載が始まった「おっぱいがほしい! 男の子育て日記2016」の期間限定、特別配信です。

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(イメージ)

1月19日

 ウチの子供の名前は樋口一文と言います。「かずふみ」と読みます。

 僕を作家として世に送り出してくれた、作家の白石一文さんから付けました。

 浅草キッドの水道橋博士が、ご長男の名前を「たけし」と名付けたエピソードに心酔していて、いつか僕も子供を持つことがあったら、自分のお師匠さんから名前を頂こうと決めていました。

 妊娠がわかる前から妻にその意志は伝えていて、彼女も賛成してくれた。感謝しています。

 そのこともあってか、わが家では一文に、様々な呼び名があります。

「かず」「かずくん」「いちぶん(これ多い)」「大先生」「かず大先生」「文士」「文豪(これも多い)」「ノーベル賞作家」。

 他にも「御子息」「若」「殿」「王子」「かわい子ちゃん」。父親に似たのか、色白すぎることから、「外人」「白人」「ロシア人」も。

 このときはこう呼ぶと決まっているわけではなく、そのときの気分です。

 あ、例外が一個あった。わがままぶりが酷いときは「王様」と呼ぶわ。

 そして今年の一月一九日、一文が生後二ヶ月のときに、白石一文ご夫妻が京都まで遊びに来てくれました。

 一文に、「おじいちゃんだよー」と囁いてから、白石さんに抱っこしてもらった。

「一文・ミーツ・一文」の構図は、かなりテンションが上がりました。僕にとっては念願の光景でしたから。

「ゴッドファーザーになってもらっていいですか?」と話したときは、難色を示していた白石さんでしたが、いざ自分の名前が付いた赤ん坊を腕に抱くと、相好を崩し、心なしか頬を上気させていました。

 だからなのか、つい口走ってしまったのでしょう。

「この子の学費は任せなさい」

 僕と妻は「ハハハ」と笑いながらも、「おし、言質(げんち)取った」とアイコンタクトを交わしました。妻は弁護士ですし、週刊新潮の読者のみなさんもこれで証人になってくれますよね? 

「樋口さん、まさかとは思いますが、“コラ一文”って、頭を叩いたりしていませんよね?」

「ハハハ。やるわけないじゃないですか、たまにだけですよ」

 たけしさんが博士に言ったことと同じことを言うなあ。

「将来は作家になってほしい?」と思う方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。

 確かに、白石さんのお父様(白石一郎)も作家で、親子二代の直木賞作家という華々しいものですが、わが子には望みません。こんなしんどい仕事は僕ひとりで十分です。

 息子には自分の好きなことを見つけてほしい。自分がやりがいのある仕事に就いてほしいと願っています。

 欲を言わせてもらうと、勉強ができるところ、スポーツができるところなど、全部妻に似てほしいと思います。

 僕に似てほしいのは、優しいところだけです。それだけでもう……。

 センシティブなところも、僕と、名前の元ネタに似なくていいからね。

 でもどうだろう。「悪いところしか似ない」って言うからなあ。

「誰に似たんだ」は定番として、ずっと使うことになるような気がしています。

樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。作家。白石一文氏に見出され、『さらば雑司ヶ谷 』で小説家デビュー。他の著書に『民宿雪国』『タモリ論』など。

週刊新潮 2016年6月2日号掲載

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