同性愛か? 不倫か? 「佐久間良子」と「平幹二朗」離婚会見

芸能週刊新潮 2016年3月10日号掲載

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 慶事はもちろん、しばしば離別さえも商売にするのが芸能界である。平幹二朗(82)と佐久間良子(77)が開いた「離婚会見」もそんなしたたかさを窺わせる一幕だった。ところが、待ち構える記者たちに綺麗ごとは通用しない。質問が飛んだのは、佐久間の「男関係」、そして何より平の、「男関係」だったのである。

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佐久間良子さん

 会見が開かれたのは1984年の5月28日、東京會舘に用意されたテーブルには花まで飾られ、妙な空気が場を覆っていた。満場の記者たちが固唾をのむ中、平と佐久間が現れる。

 人気俳優の2人が結婚したのは70年。テレビでの共演をきっかけに付き合うようになり、大物カップルの結婚と大いに持てはやされた。夫妻は双子をもうけ、順風満帆のように見えたが、どうしたことか、ずっと仮面夫婦の噂が絶えなかったのである。

 後に明らかになるが、14年の結婚生活のうち、円満だったのは、最初の3分の1ほど。74年、平が渋谷に買ったマンションを生活の場にするようになると、2人は事実上の別居生活に入る。

 平には以前から“男の噂”があった。男性と手を繋いで歩いたり、好みの男優とずっと籠りっきりになるなどの目撃談も絶えず、沖雅也が自殺した際には、弔問に訪れ「胡蝶蘭のような人でした……」と取り乱したりもした。

「私が蜷川幸雄の稽古を取材したときも平が若い俳優の体をコチョコチョくすぐってじゃれていた。蜷川さんは“そんなことするから噂になっちゃうんだよ”って笑っていたけど、なるほどと思ったものです」(芸能レポーターの須藤甚一郎氏)

 やがて、佐久間にも男の噂が立つ。80年に『未亡人』(毎日放送)に出演したのがきっかけで、番組制作会社のプロデューサーとの親密な関係が報じられたのだ。

「だから」と前出の須藤氏が言う。

「会見が始まる前、芸能レポーターの梨元勝さんと“夫婦揃って男問題を抱えているんだから、聞かないわけにはいかないよな!”なんて意気込んでいたのです」

 手ぐすね引いて待ち構える芸能記者たち。だが、平と佐久間は当代きっての“名役者”である。

■「僕がお答えするより…」

「原因は、彼女も仕事を大事にする人で生活のずれがあったことです。性格が合わなかったこともあって、それが14年間積み重なってしまった」

 そう平が言えば、

「母と女優と妻の三役を全うできなかったのです。不器用な女なので、全力投球すると物理的に妻の役は無理でした」

 と応じる佐久間。まるで傷をかばい合う夫婦である。プロデューサーとの不倫を突っ込まれてもしれっと否定する佐久間。たまらず、「それでは平さんの男性問題なんですが!?」と質問が飛んだ。

「僕がお答えするより、彼女に……」

 と余裕の笑みを返す平に、佐久間も合いの手を入れる。

「そんなことはまったくありません」

 芸能レポーターの石川敏男氏が振り返る。

「我々もあきらめず、手を替え品を替え質問を繰り返したのですが、はぐらかすばかり。あくまで“円満に別れました”と言いたいための場だったというわけです」

 途中、握手を求める平を佐久間が無視するという一幕もあったが、記者からすればまったくもって不満の残る会見だったのである。

 以後、2人が別れた理由はうやむやになってしまうのだが、会見と前後して出版された一冊の本が話題になる。ゲイタウン・新宿2丁目に棲息する芸能人たちの痴態を暴いた『虚飾の海』(恒友出版)だ。著者は芸能プロダクションのマネージャーをしていた星伸司氏という人物。そこにはこんな一節がある。

〈M・Hも、いつも二人連れでやって来る。M・Hは人気のある俳優だ。(中略)新劇の研究生らしい、青白い肌をした若者。スポーツをやるしか能のないような、大男の学生。どこかで拾って来た、という表現がピッタリの、労務者風の中年男。というふうに、タイプも年齢も千差万別の男たちを相手にしている。その頃M・Hはテレビの時代物に出演中で、次第に人気が出始めていた〉

 著者はM・Hが誰であるか明かしていない。だが、平が新宿2丁目の常連であったことを後のインタビューで証言している。

 それから、四半世紀を過ぎた12年2月、日経新聞「私の履歴書」で、佐久間は独身時代、鶴田浩二と不倫関係にあったことを明かし、平との離婚についても触れている。

〈「結婚してから初めて分かった」ということも少なくはなかった〉

 彼女が明かした精一杯の「告白」だった。

「特別ワイド 迷宮60年の最終判決」より