「ナチス略奪美術品」の深い闇――福田直子(ジャーナリスト)

社会新潮45 2015年11月号掲載

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日本でも見つかっていた

 略奪美術の研究者たちによれば、ナチスが合法、非合法な手段を駆使し、各地から没収した美術品は60万点という膨大な数だ。戦勝国のソ連や米国の兵士たちがこっそり祖国に持ち帰った美術品も多数含まれる。

 ある美術専門家は「ナチスが略奪した美術品は、今もどこかの家の居間にかかっている。“グルリット事件”は決して特殊なケースではない」という。

 ところで「ナチスの略奪美術品」など日本には関係ないと思われる読者の方も多いだろう。実はナチス美術品は日本でもみつかっている。

 2001年1月、京都の清水三年坂美術館からパウル・クレー作、水彩画「飛ぶ街」(あるいは、「異国の街のひとけのない場所」1921年)が持ち主のユダヤ系ロシア人、ソフィー・リシツキー=キュッパース(1891~1978)の遺族に返還された。この作品は退廃美術として1937年にナチスにより没収され、1940年にナチス御用画商の一人、メラーの手中から鉄道、船、飛行機に乗せられ、世界中を転々とした。この絵はミュンヘン、ハノーファー、ベルリン、パリ、サンフランシスコ、スイスの小都市から東京へ行き、1997年にオークションで村田製作所の村田雅明氏が落札した。キュッパースの遺族が日本にあることをつきとめると、すぐさま返還交渉が始まったが、どのような交渉があったかは公表されていない。なお、この件は調停により落着している。

 しかし、もうひとつのケースは裁判に持ち込まれた。

 印象派のアルフレッド・シスレー作、「春の太陽、ロワン川」(1892年)が日本の美術展に出品されていることを知ったパリ在住のユダヤ人コレクターの子孫が「祖父が1900年に購入し、ナチスによって奪われた盗品だ」としてフランスで刑事告訴した。訴訟は6年間続き、2004年3月に返還されている。返還に応じた日本人コレクターの名前は明らかにされていないものの、シスレーの油絵は時価3百万ユーロ(4億円以上)と伝えられている。

 かつてバブルの時代に、「絵画は動く不動産」といわれ、ジャパン・マネーが大量に美術品へと流れた。日本の美術バブルは極めて短かったが、「私が死んだらゴッホとルノワールの絵とともに焼いてくれ」と言った大昭和製紙名誉会長、斉藤了英(故人)の発言は物議をかもした。美術品は「一人の人生を超えて存在すべき共有財産」であり、次の世代に受けついでゆくために保管するべき、ということは、個人所有者によっては全く念頭にないようだ。

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