がん放置療法「近藤誠」医師の7つの嘘――大場大(東京オンコロジークリニック院長)

ライフ週刊新潮 2015年9月3号掲載

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■“著名人”は常套手段

 近藤氏の言う「本物のがん」とは、初発巣、つまりがんが最初に発見されたとき、その大きさが1ミリの時点であってもすでに転移が潜在しており、早期発見は不可能なものを指す。本来、時を経ることによって初発巣のがんは進行するにもかかわらず。

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2 患者にとっての「時間経過」を軽視する

「時間と共に早期がんは深くなり転移するようになる」と主張するなら、それが事実であることを証明すべきだと、彼はつめよります。

 繰り返しになりますが、治りたいと願う早期がん患者を放置するというような「人体実験」など、できるはずがありません。

 そこで、ひとつの裏付けとなる論文データを紹介しました。56人の早期胃がん患者が何らかの理由で放置されたケースにおいて、36人(64%)が進行がんへと変化し、早期がんのまま維持できた平均期間は3・7年だったというものです。

 この論文は、がんを放置するとどうなるかの流れ(自然史)をよく示しています。言い換えれば、早期がんの状態を一定期間キープできたとしても、高い確率で遅かれ早かれ進行がんへと移っていくということです。また、早期胃がん手術の成績は、前項でも示した通り95%以上は治癒するわけですが、進行した状態で見つかった胃がんへの手術のみの治療成績は5年生存率で61%ほどに落ちてしまいます。

 彼の言うように、深さや大きさに関係なく、すでに転移しているというのならば、深さが「浅い早期胃がん」であれ、「深い進行胃がん」であれ、手術成績は同じになるはずです。ちなみに1ミリほどの早期胃がんの手術成績は10年生存率で98・6%です。潜在している転移は、一体どこに行ってしまったのでしょうか。

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 同様に、「すでに早期のうちから転移が潜んでいて、仮に早期発見されていたとしても、死ぬ運命にあった」例として、近藤氏が対談で名前をあげたのが、俳優の今井雅之さんである。今年5月、大腸がんで亡くなった今井氏のケースを持ち出して、早期発見には「意味なし」と強調するのだ。

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3 著名人の例を持ち出す

 これは近藤氏の常套手段で、過去に逸見政孝氏や中村勘三郎氏にも同様に言及してきました。注目度が高く、影響力の強い人物の例に自身の理論をあてはめることで、賛同を得ようとしているのかもしれません。

 しかし、これら著名人の不幸なケースから学ぶべきは、転移がすでに潜んでいたはずだから早期発見はムダだとする近藤理論の正しさではなく、早期発見の大切さです。

 拙著『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)にも記しましたが、逸見氏の胃がんは、年に1回の胃がん検診を受けている最中に発見されました。最初の手術を受けた時には、すでに腹膜転移をきたした「びまん浸潤型(スキルス)進行胃がん」という最悪の形で診断されている。

 それを受けて近藤氏は、〈異常なし〉とされた前年の検診段階で、1ミリほどの非常に小さな胃がんが潜伏していたと言い切ります。そのうえで、すでに腹膜転移が先行した「本物のがん」だったと説くのです。逸見氏は検診を定期的に受けていても死を避けることができなかった、だから胃がん検診は無意味だというのが、彼の主張です。

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 しかし、逸見氏の患ったスキルス胃がんは、早期の時点では見逃されることがあり得る。早期発見できるかどうかは、内視鏡検査を実施する医師の観察眼や診断レベルに依拠するところが大きいと言える。

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 そもそも、内視鏡で観察できるのは胃の粘膜面の上っ面のみであるため、そこに変化がなければ〈異常なし〉とされてしまいます。確かにスキルス胃がんは、その上っ面からがん細胞が検出されないことがよくある。がんの発育の中心が、内視鏡では分かりづらい粘膜の下(粘膜下層)レベルであることが多く、早期診断が遅れ得る、とても厄介な特徴を持っているのです。しかし、だからと言って「早期発見が不可能」ということではありません。「100%見つけられないのなら無意味だ」というのは早計。ましてや運命で片づけるなど言語道断です。

 今井氏の大腸がんが、どのような状況で最初に発見されたのか。情報がありませんので明確なことは言えませんが、遡れば、転移のない早期の段階が必ずあったはずです。不運にしてその時期には発見されず、治療する機会を逸したのだと思われます。

 前向きにがんと闘い、治療に取り組んだご当人や家族は、死後、診断もしていない第三者から治療はムダであったと言われては無念ではないでしょうか。

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