水木しげる「人を土くれにする時代だ」 出征直前の手記で語った戦争への思い

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■己の道を造るのだ

《時は権力の時代だ。(中略)こんな時代に自己なんて言ふ小さいものは問題にならぬ。希望だ理想だ、そんなものは旧時代のものだ。(中略)時代に順ずるものが幸福だ。現実をみよ。個人の理想何んて言ふものは、いれられるものではない。恐ろしい時代だ、四方八方に死が活躍する。こんな時代には個人に死んでしまふ事だ。》

 後に水木さんの所属した部隊はニューブリテン島聖ジョージ岬で圧倒的な米軍の戦力を前にし、玉砕を命じられる。その悲劇を描いた『総員玉砕せよ!』で戦争のなかで個人が虫けらのように扱われ、日本軍の美学や信条を支えるための無謀な突撃により、犬死にを果たす一般兵の姿が描かれる。

 そんな状況のなかでも水木さんを勇気づけ、生へと導いたのは絵画への情熱だったのかもしれない。

《私の心の底には絵が救つてくれるかもしれないと言ふ心が常にある。私には本当の絶望と言ふものはない。》

《唯心細さと不安の中に呼吸をする。なにくそなにくそどんなに心細ても、どんなに不安でも己の道を進むぞ。四囲の囲ひを破るのだ。馬鹿、馬鹿たれ、馬鹿野郎。(中略)黙れ、黙れ、吾が道を進むのぢや。己の道を造るのだ。》

《生は苦だと言ふ事。明白に知る事が必要だ。生ある限りは戦である。休息は死だ。本当に死程幸なものはないだらう。(中略)生とは活動である。死とは休止である。生ある限り戦ふ事だ。》

 この力強い言葉の数々。生きて戦う努力を放棄せず、生ある限り己の信じた道を進むのだという、水木青年の決意が伝わってくる。

 今回手記を掲載した「新潮」の矢野優編集長は手記の意義や価値についてこう語る。

「一読して、震えるような感銘を覚えました。後の国民的漫画家が、戦争の残酷さと迫り来る死にいかに苦悩し、どのような思いで戦地に向かったのか。この血のにじむような言葉は一級の歴史的資料であるのみならず、戦争をめぐる『表現』として、高い文学的価値があると確信します。現代のすべての日本人、とりわけ若い方々に読んでいただきたいと願います。」

 戦時下の日本で一人の若き芸術家が何を感じていたのか、その生々しい言葉は戦後70年を迎える日本においてもまったく色を失わず、切実な魂の叫びとして私たちの心を揺さぶる。

デイリー新潮編集部

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