水木しげる「人を土くれにする時代だ」 出征直前の手記で語った戦争への思い

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■人を一塊の土くれにする時代

 手記の冒頭はこう始まる。

《静かな夜、書取のペンの音が響く。その背後には静かな夜のやうに死が横はつてゐる。この心細さよ。》

 20歳の水木青年は、太平洋戦争の只中でその時代をこう記す。

《将来は語れない時代だ。毎日五萬も十萬も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考へる事すらゆるされない時代だ。画家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと労働者だらうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。》

《人を一塊の土くれにする時代だ。》

《こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい。だから、一切を捨てて時代になつてしまふ事だ。》

 出征すれば死ぬ、と考えていた水木さん。水木さんが1959年に発表した戦記ドキュメンタリーの短編「ダンピール海峡」には南方への出征を迎えた弟を見送る姉が登場する。とても無事では帰れないと気付いていた弟と、今度会うときは白木の箱に入って帰るのだろうと弟の乗った船を見送り涙する姉。皆わかっていたのだ、出征すれば生きて帰れないということを。現実に水木さんの所属した部隊は多くの仲間が戦死し、水木さん自身左腕を失った。

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