水木しげる「人を土くれにする時代だ」 出征直前の手記で語った戦争への思い

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■煩悶を繰り返す

 残酷な現実を前に水木青年は煩悶を繰り返す。

《一切の自分ていふものを捨てるのだ。》

 しかしその後に自分の言葉を否定する。

《吾は死に面するとも、理想を持ちつづけん。吾は如何なる事態となるとも吾であらん事を欲する。》

 芸術を志しながらも救いを仏教や基督教に求め、また哲学が芸術を支える杖となるのかと悩む。

《吾を救ふものは道徳か、哲学か、芸術か、基督教か、仏教か、而してまよふた。道徳は死に対して強くなるまでは日月がかかり、哲学は広すぎる。芸術は死に無関心である。》

《俺は画家になる。美を基礎づけるために哲学をする。単に絵だけを書くのでは不安でたまらん。》

 かと思えば

《前に哲学者になるやうな絵描きになるやうな事を書いたが、あれは自分で自分をあざむくつもりに違ひない。哲学者は世界を虚空だと言ふ。画家は、深遠で手ごたへがあると言ふ。(中略)之ぢや自分が二つにさけねば解決はつくまい。》

 当時の水木さんは哲学書や宗教書を読みあさっていたようだ。漱石やゲーテ、ニーチェの言葉を引用しながら、自身の揺れる心境を綴っている。絵に対する情熱や才能を確信しながらも、荒波のような時代のなかで何を信じてゆけばよいのか苦悩する姿が、現実味をもって感じられる。手記を読んだ誰もが自分の青年時代を思い起こさずにはいられないだろう。

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