脳梗塞から奇跡の復活を果たした「あべ静江」が語る予兆 「当初は酔っぱらっていると思われたが…」

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車は使わず山手線で

 体を動かすということでは、間違いなく増えているのはウォーキングかな。“ウォーキングマシン”とか“日課としての散歩”は、面倒臭がりの私には無理なので、楽しみながらできるウィンドウ・ショッピングでウォーキングです。あっという間に2時間ぐらいたっています。これって、水中歩行を60分した運動量なんですって。

 あとは、参詣もよくしています。私の住んでいる渋谷は、意外にも霊験あらたかな神社がたくさんあるので、よく歩いてお参りしています。加えて仕事の移動はなるべく電車を利用するようになりました。車は使わず、山手線などにも乗るようになったから、歩く量は病気をしたことですごく増えました。脳梗塞になる前、70歳の時から体を強くしたいという理由で少林寺拳法を始めたんです。病気で倒れてからは、しばらく通えていません。今こそ健康のためにまたやらなきゃと思っています。

 でも一番の変化は、病院での定期的なチェックを欠かさないようになったことですね。2カ月に1度の頻度で全身を診てもらっていますし、脳梗塞の原因の一つが不整脈だったかもしれないので、植え込み型の心電図記録計を体内に入れるようにしました。私が一人暮らしなので、また倒れたら大変だと弟に強く勧められたのです。日々刻々と心臓の情報が病院に自動で送られる仕組みなので、とても安心しています。

「“このままではダメよ”というお知らせを頂いた」

 仕事面でも変わったことがあります。コンサートに復帰して、ステージでちょっとだけ倒れた体験をお話ししたのです。するとその反響が大きくて、ラジオや講演とかでも話してほしいと言われるようになりました。もう、これはある意味、私の義務だなと。それで今年5月に講演会を開いて私の体験をお話しし、他に2曲歌わせていただいたのです。次回11月にも東京・町田市で講演会を開催するのですが、前回よりもさらに何曲か歌わなきゃと思っています。

 私が脳梗塞になったのは、“このままではダメよ”というお知らせを頂いたのだと思うんです。だからこそ私は、今現在、病気になって不安や悩み、不自由を抱えて苦しんでいる方々に、気持ちを切り換えて楽しんで生きるようお伝えしたい。

 病院では当初、「後遺症が残るかもしれない」「どこまで回復するか分からない」といった厳しいことを言われました。幸い後遺症はありませんが、そのうち再発する可能性は残っています。だからといって私は再発を恐れてはいません。だって、おびえて悩む時間なんて、もったいないでしょ。そんなもの損でしかない。

 それより歌える喜び、おいしいものを食べられる幸せを感じて、一日一日を思いっ切り楽しみたいじゃない。そうやって生きていく方が得だろうし、健康にも繋がる。私はそう思うのです。

あべ静江(あべしずえ)
1951年生まれ、三重県出身。短大在学中にラジオのDJとして人気者に。73年、「コーヒーショップで」で歌手デビューし、レコード大賞新人賞を受賞。その後も「みずいろの手紙」の大ヒットで、「NHK紅白歌合戦」に初出場。映画「トラック野郎 爆走一番星」や、NHK大河ドラマ「八代将軍 吉宗」などで女優としても活躍。退院後に闘病をつづった『人生楽しく生きなきゃ損だもん!』を上梓。今年11月30日(月)には、東京・町田市民ホールで講演会「~脳梗塞からの生還~」を開催する。

週刊新潮 2026年10月15日号掲載

特別読物「脳梗塞から復帰した あべ静江が語る『予兆』『食事』『長嶋茂雄さんの忘年会』」より

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