脳梗塞から奇跡の復活を果たした「あべ静江」が語る予兆 「当初は酔っぱらっていると思われたが…」

エンタメ

  • ブックマーク

焦げ茶のノーズシャドウを

 そうこうして、運命の日を迎えるのですが、当日は朝8時にスタジオに入らなければなりませんでした。朝が早い時は、事務所のマネージャーが目覚まし代わりに電話をくれて、朝食を取って身支度をします。この日も早朝4時に電話をくれた。けれど、私が電話に出ない。3度かけても出ないので、とりあえず迎えに来たんです。

 部屋に入ると、テーブルには昨日買ったと思われる食べ物が放置されたまま。そこへ寝室からのろのろと私が出てきたそうです。二言三言交わすとろれつが回っていない感じで、当初は酔っぱらっているのかと思ったというんですが、私は翌日までお酒が残ることなどほとんどありません。おかしいなと思ってマネージャーが別のチーフマネージャーを呼んだのです。

 駆け付けたチーフマネージャーが“どこか調子が悪いんですか”と聞いたら、私は“別に”と答えたんですって。そして、メイクをするよう勧められると、私はいきなり顔に焦げ茶色のノーズシャドウを塗り始めた。ファンデーションも塗らずにいきなりですから、異様というしかないですね。間に合わなくなるので、とりあえず、スタジオで仕上げることにして家を出発しました。

 マネージャーたちは道中、車内で大丈夫かと何度も聞いたものの、私は“平気よ”と言うだけ。しかも、いつもなら移動中にスマホをいじるのに、バッグから取り出しもしない。これはただ事ではないと感じ、チーフマネージャーが主治医に電話をしました。ただその時点では、早朝の上に3連休の始まりということもあってか、電話は繋がらなかったんです。

 スタジオに着くと本番に向けての流れ作業が始まります。まずメイクさんに焦げ茶色の顔を直してもらいました。ところが、やっぱりまともじゃないんですね。メイクさんが離れると、私はまた焦げ茶のシャドウを塗ろうとしたんですって。スタッフも驚いて止めたそうです。その時でした。主治医の先生から折り返しの電話がきて、マネージャーが様子を説明すると、即座に「脳梗塞の疑いがある」と告げられたのです。

3連休を休んでいたら、誰にも気付かれず……

 番組は出演者もそろって、収録開始の寸前。とても今から降板できる雰囲気ではありません。慌てたマネージャーは、とっさに主治医からかかってきている電話をプロデューサーに渡し、直接話をしてもらいました。すると、すぐにプロデューサーが、“誰か救急車を呼んで”と声を上げたのです。スタジオが番組制作とは違った緊張感に包まれたところに、私ったら“あべさん、救急車呼ぶよ”と言われても“はーい”なんてのんきに返事していたといいます。ふつうじゃないですよね。

〈当時は新型コロナウイルスの流行下にあった。受け入れ先の病院を探すのに時間を要し、病院に搬送されたのは、救急車の到着から1時間後。検査の結果、左右のこめかみ付近と後頭部の動脈に血栓が見つかり、「多発性脳梗塞」と診断された。記憶と情報処理を行う部分が影響を受けていたが、軽度だったのと早期発見が功を奏し、入院後すぐに容体は安定したという。〉

 最初は高度治療室で、その後、脳卒中集中治療室に移されたのですが、入院して10日間くらいの出来事は覚えてないの。目覚めた時は病室のベッドの上で、本当に“ここはどこ? 私は誰?”って感じでした。部屋でカーテン越しに他の患者さんが見えて、私ってコロナで入院しているのかなぁとか思ったくらい、何も分からなければ、知っている人もいない。不安でしたね。しばらくして、故郷の三重県から弟が駆け付けてくれて、顔を見た時には気持ちが落ち着きました。

 マネージャーと、主治医の先生、そして番組プロデューサー、それぞれの判断や行動がずれていたら、今日の私は存在しないかもしれません。さかのぼれば、生島ヒロシさんが番組に呼んでくれていなければ……。3連休を文字通り休んでいたら、誰にも気付かれずにいたはずですから、想像するだけで恐ろしくなりますね。皆さんが私の命の恩人です。

次ページ:ステージに戻るという一心

前へ 1 2 3 4 次へ

[2/4ページ]