脳梗塞から奇跡の復活を果たした「あべ静江」が語る予兆 「当初は酔っぱらっていると思われたが…」

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ステージに戻るという一心

 脳梗塞というと、西城秀樹さんが思い浮かびます。2度の脳梗塞を発症しながら懸命にリハビリを重ね、ステージに立ち続けていた姿をずっと見ていました。そのことが私の入院生活にも影響したのかな。最初の病院を約1カ月で退院し、リハビリ専門病院に転院した時、院長先生から最低6カ月の入院が必要だと言われたのです。間髪を容れず“私は1週間で退院するので!”と言っちゃった。院長先生はもちろん、周囲にいた人たちはあぜんとしていましたね。

 入院中の私のリハビリは、基本的に“記憶”をトレーニングすることでした。例えば、いくつかの私物を病院内のあちこちに置いて歩く。30分ほどしたら、それらを回収するというトレーニングを毎日。その他に、自分でも筋力が落ちないようウォーキングマシンをやったりしました。昔、父親が入院した時、寝巻の帯の端を病室のベッドに縛って、もう一端を手で引っ張って上体を起こしたり寝かしたりしていたのです。それを見ていたので、同じことをやって腹筋・背筋を鍛えることもしました。退院して絶対にステージに戻るんだという一心です。

 そのせいか、自分でもびっくりする驚異的な回復力で、当初6カ月と言われていた入院生活は、合計2カ月で退院できることになりました。5月10日に退院し、まず行ったのは美容院で、身も心もリフレッシュして翌日からすぐに仕事です。ラジオのレギュラー番組の収録をして、その5日後には日本歌手協会のコンサートが入っていました。

 幸い言語障害はなく、会話もスムーズにできていたので、ラジオは大丈夫だと思っていましたけど、問題はステージです。事前にマネージャーとカラオケボックスで歌詞とメロディーを記憶しているかの確認と自分の声がマイクに乗るか、プロとして響かせられるかどうかのチェックをしました。2カ月振りの歌唱は、まず「みずいろの手紙」。ちゃんと歌えてホッとしたのを覚えています。次は「夢コンサート」で度々歌っている山口百恵ちゃんの「秋桜」、そして私のデビュー曲「コーヒーショップで」。何度も何度も歌いました。

温かい視線、拍手に涙が

 私は日本歌手協会の理事を務めさせていただいています。それだけにこのステージを大切にしていて、不安が頭をよぎりましたが、やってみないと分からない、あれこれ考えても始まらない、そう思って出演させてもらいました。ステージで「みずいろの手紙」を歌い始めたら、お客様の温かい視線、拍手に涙が溢れてきて。頬をつたう涙が止まりませんでした。ああ、またステージに立つことができてよかった。私は幸せだわとつくづく思いました。

 私が病気になる前、長嶋茂雄さんの忘年会に招かれて歌ったことがあるんです。長嶋さんはとても喜ばれて、脳梗塞の後遺症が出ていない方の手でテーブルをバンバンたたいて喝采してくださいました。どんなことにも前向きで、感情を全力で表現される。そのお姿を見て私の方が感動したのを自分が病気になってから思い出しました。私は歌手なので、歌を歌うことで人に感動を与えなくてはって、そう再認識させられたのです。

 脳梗塞を発症したことで、以前より健康を意識するようになりました。今の私は一応カロリー制限をしなくてはならない身です。とはいっても、気にし過ぎるのは嫌だから、ほどほどにですけど。食事はもっぱら鍋を中心に食べています。夏でも鍋! お野菜もいっぱい頂けてヘルシーですからね。おみそとか醤油とか味を変えて、気が付いたら1週間毎日鍋ってこともあるぐらいです。

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