脳梗塞から奇跡の復活を果たした「あべ静江」が語る予兆 「当初は酔っぱらっていると思われたが…」
国内の脳梗塞患者数は約130万人、年間死亡者数は約6万人。脳血管疾患は要介護になる原因の第2位である。4年半前、その病に襲われた歌手のあべ静江さん(74)が、発症の前触れから闘病生活、そして現在の暮らしについて明かした。
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今はすっかり元気になって、全国を飛び回っています。先月は、夢グループさんの神奈川県でのコンサート2公演に立たせてもらいました。さらに静岡県と新潟県で敬老会のアトラクション、三重県警の交通安全大使にも呼ばれました。他にラジオ5本、TV番組3本の出演です。こうして今も忙しく仕事をさせていただいていますけど、私が脳梗塞を発症してからもう4年半がたつんですね。
〈そう振り返るのは、「コーヒーショップで」「みずいろの手紙」などのヒット曲で知られる歌手のあべ静江さんである。現在と同様にコンサートやタレント活動をしていた2022年3月19日、折しも3連休のスタート当日、突然、脳梗塞を発症。幸い早期に見つかり、さらに症状が軽度であったことから、2カ月でスピード退院し、翌日から仕事への復帰を果たせた。とはいえ、後遺症もなく大事に至らずに済んだのは、幾つもの偶然の積み重ねと周囲の適切な判断があったからに他ならない。一人暮らしの彼女が突然襲われた脳梗塞の恐ろしさ、そして闘病を経た現在の心境を語った……。〉
「前後の記憶がない」
病気知らずだった私にとって、脳梗塞なんて遠い存在でした。当たり前ですが、今では身近に感じています。なってみて初めて怖いと思いました。私自身のことを振り返っても、あと少しでも発見や処置が遅れていたら、どんな結果になっていただろう、と考えただけでゾッとします。そうはいっても、脳梗塞になった日の前後のことは全く記憶がないんです。これからお話しすることは、後日マネージャーから知らされたことになります。
その月の仕事は、普段と比べて特段忙しいわけではありませんでした。直前のスケジュールを見直すと、関西で2日間4公演のコンサートを終えて発症の3日前に帰京、その翌日は倒れる当日に収録予定だった通販番組「生島ヒロシの健康マニア倶楽部」の打ち合わせ。発症前日は、番組収録に備えて美容院に行っただけで、ごく普通の仕事量です。
ただ、美容院に行った日から予兆があったようなのです。後に美容師さんが言うには、いつもは出されたお茶やコーヒーをおいしく頂くのに、この日に限っては一切口にしなかったらしい。「らしい」と言うのは、この時のことも覚えていないからです。美容師さんが、お茶が口に合わないのかとオレンジジュースを出したところ、それにも手をつけなかった。なにか変だなと感じたといいます。
美容院を3時間ぐらいで後にして、どうやらコンビニに寄って食べ物を買ったようですが、それも全く記憶がない。だから、そのあたりから異変が始まっていたんだと思います。
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