“副首都”どころか東京を凌駕していた「大大阪(だいおおさか)時代」の名建築に脚光! 「大阪城天守閣」の次に重要文化財に指定されそうな建築とは

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大阪に根差した建築家の代表作

 1945年には空襲で大阪の市街地は焼け野原となった。大阪城は進駐軍に接収されてしまい、その間に城内に和歌山城から移築されていた「紀州御殿」を焼失したのが惜しまれるが、戦後の復興が進む中でも優れた建築が生み出されている。

 聖徳太子創建の「四天王寺」では、建築史家の藤島亥治郎らの監修のもと、1950~60年代にかけて空襲で焼失した伽藍の再建が進んだ。五重塔や金堂、講堂などは鉄骨鉄筋コンクリート造で飛鳥時代の建築様式を再現しており、さらに建物の配置も聖徳太子創建時の境内を再現している点が貴重である。

 こういった鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された歴史様式の建築は、大阪城天守閣がそうであったように、伝統的な木造建築と比べて下に見る人も少なくなかったようだ。ところが、最近は和歌山の高野山に建つ金剛峯寺の金堂や根本大塔など、近代的な材料を使って再建された建築が重要文化財になる例も増えつつあり、評価が進んでいる。

 大阪の戦後建築のシンボルとして忘れてはいけないのは「通天閣」だろう。初代通天閣は第二次世界大戦中に火災に遭い、金属供出の一環で解体されてしまった。現在の塔は2代目で1956年の再建であり、設計は「東京タワー」も手掛けた内藤多仲。内藤の作品では「名古屋テレビ塔」が既に重要文化財であり、通天閣の指定の期待も高まる。

 塔といえば、少々マニアックだが梅田駅前の「梅田吸気塔」は村野藤吾設計の名作だ。地下道の空気を換気するために1963年に建てられた。有機的な彫刻のような造形で、駅前のシンボルである。村野の作品では、保存状態が良く、階段の曲線美などが素晴らしい「輸出繊維会館」も推したい。

 大阪に縁の深い建築家といえば安藤忠雄である。安藤の出世作となった「住吉の長屋」は、雨の日は傘をささないとトイレに行けない住宅……という部分だけが強調され、批判されたことがあったが、狭小なスペースに中庭を設け、豊かな空間を生み出した発想が素晴らしい。いつ重要文化財になってもおかしくない、戦後住宅建築の金字塔の一つである。

バブル期には外国人建築家による大作も

 大阪は、バブル期と平成中期にかけて文化事業に潤沢に金を使った日本有数の自治体だと思う。そのせいでその後の深刻な財政難を招いたわけだが、外国人建築家が手掛けた建築はインパクト重視、採算度外視で建設されており、見ごたえ十分である。フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーがデザインしたゴミ焼却場「大阪広域環境施設組合舞洲工場」、ポール・アンドリュー設計の「なにわの海の時空館」は傑作だろう。

 以上、かなりざっくり紹介しているため、「あれが入っていないのはおかしい」と言われるかもしれない。「大阪天満宮」や「大阪倶楽部」や「日本銀行大阪支店」など、挙げだすとキリがない。大阪旅行で誰もが利用する「新大阪駅」も、東海道新幹線開業当時のまま残っているモダニズム建築の秀作だ。

 大阪には優れた建築がたくさんある。大阪は食やお笑いなど魅力的なコンテンツがたくさんあるのだが、“建築を見るため”だけに旅をする価値がある都市という点も、強調しておきたい。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部

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