部下の診断書をシュレッダーに、口止めに100万円…吉田羊主演「会社員」が描く“現代のホラー”
弱者と強者の戦い
ポイントは英理子が過去に受けた男女差別やパワハラである。回想シーンで、英理子は涙ぐむまで上司に叱られたうえ、「女だからって、泣けば許してもらえると思うな!」と罵声を浴びせられた。だからこそ、英理子は男女差別やパワハラを深刻に捉えられていない。
今や男女差別やパワハラは厳禁だが、社会的に許されなくなったのは2010年前後からである。英理子は新憲法への移行を経験した戦前世代と同じようなもので、男女差別が容認されないことを骨の髄まで知っているわけではない。だから判断を誤ってしまった。
これは英理子一人の話ではなく、世代の問題。だから、ほかの古参社員にも古い認識は残っている。総務部門のある男性は英理子に対し「女子供じゃあるまいし」と口走った。若い世代はこんな差別的な言葉は口にしない。無論、この物語があえて用意したセリフである。
その後、英理子は激しく動揺することになる。シュレッダーにかけた寺田の診断書が自分のところに届いていたからだ。復元されていた。慌てて休暇中の寺田に電話したものの、出ない。
英理子はすぐさま寺田の自宅へ向かった。メンタル不調で休暇中の部下の家に予告なしで行くことも許されない。それでも英理子は昇進のために出向くが、その現場をメールセンターで働く派遣社員の斉藤るり(南沙良)にスマホで撮られてしまう。
診断書の復元もるりがやったことだった。るりは寺田のことをスポーツジムのバイトで知ったものの、交際していたわけではない。親しくもなかった。
るりは英理子に対し、山岸の処分を強硬に要求する。それが会社員の英理子には不思議でならない。何の得になるのだ。
もっとも、るりにとっては驚くに値しない行為だった。るりが社会保険労務士試験の参考書を読む姿が出てきて分かったが、社労士志望なのだ。職場があるべき姿になることを望んでいる。この専門職は基本的には円滑な労使関係の構築や、労働環境の改善などを目的とする仕事だ。
さらに、るりは男女差別やパワハラが厳禁であることを当然とする世代だから、山岸が許せない。また、大切な友人を亡くした過去も、寺田を守りたい気持ちにつながっているようだ。
るりは山岸のパワハラの隠蔽を図る英理子が間違っていると言った。
「あなたみたいな人間は一番嫌い」
英理子は「解決策を考えるから、もう少し待って」と懇願する。会社の中で弱い立場である派遣社員が、強者である幹部社員に立ち向かうのだから、胸がすく。
英理子が出した解決策とは買収だった。るりに対し、「100万円出すから」と告げる。だが、これが事態を悪化させる。るりはコンプライアンス室に出向き、室員の東海林正則(田中直樹)に事情を話した。まだ英理子は自分とるりの考え方の違いに気づいていなかった。
正則は英理子の夫だが、身内を守るような判断は下せない。やはり会社員だからである。正則は英理子を詰った。
もっとも、英理子はるりの口封じを諦めない。るりに向かって、「ここで落ちたら、今までやってきたことが全部無駄になる」と言い放つ。逆に若い世代のるりは英理子が分からない。「なんで、そこまで会社に尽くすの」。この物語は世代論としても面白い。
英理子は策を講じる。休んでいる寺田から会社への封書を偽造した。るりが気になって開封することを見越してのことだ。開封した場合、それを理由に契約を解除するつもりだった。るりを会社から追い出せば問題を隠蔽できる。
英理子の狙いどおり、るりは封書を開封する。英理子はメールセンター責任者の五十嵐晴夫(春海四方)に、「(開封した人は)契約解除ということで」と軽く告げた。ところが、五十嵐はこの意向に背く。
五十嵐は言った。「寺田さんに手紙をもう1度出してくれるよう私からお願いします」。それでは英理子が困る。偽造した封書なのだから。英理子はるりの契約解除を繰り返し求めたが、五十嵐は頑として応じない。るりを守った。
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