「審判の判断は絶対」で片づけていいのか…高校サッカー「誤審問題」のウラに審判を欺き、有利な判定を引き出すことに精を出してきた弊害も
どうすれば防げたのか
私がこの出来事を取り上げるのは、単に誤審を問いたいからではない。この一件には、時代の変化の中でスポーツ界が直面している「常識」の変革と、新たな価値観の中で「スポーツマンシップはどう機能するのか、しないのか」など、複雑に絡み合う様々な課題が混在していると感じるからだ。
できるだけ簡潔に語ろう。どうすればこのトラブルは防げたのか?
「副審の助言を受けた主審は、すぐゴールに駆け寄り、ネットに破損がないか確認すべきだった」のではないだろうか。ボールがすり抜けた、だからゴールポストの外を通過した、との判断はもちろんありえる思考だ。しかし、ネットに穴が空いていたらどうだろう? ゴールの枠に入ったボールが穴からすり抜けた、その可能性はあったはずだ。実際、観客の証言でそれが指摘されている。主審が穴を確認し、ボールがすり抜けた理由を突き止められたら、PK成功の判断が正しいことを確信できたはずだ。残念ながら、それがなされなかった。
東京都高等学校体育連盟サッカー専門部の公式ホームページには試合後、
「10/24(土)に行われた駿台学園対東海大高輪台の試合に関して、現在対応を協議しています。対応が決まり次第お知らせをいたします。近日中に協議内容を当ホームページにてお知らせさせていただきます。
憶測などによる誹謗中傷などがないよう、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします」
などと掲載された。
果たしてどんな協議がなされるのか? 私は、当日使用したネットの確認を大会側もすぐに行うべきだと考える。ネットに破損が認められたら事実は明らかではないか。協議に大人の論理や組織の都合が入り込む余地もない。
常識が崩れている現実
実は、ゴールネットに破損がないか、試合の80~90分前に確認するのは主に副審の務めだという。試合直前、PK戦の直前にも改めて行うのが通例だ。この日は同じ会場で次々に4試合が組まれていたから、80分前にその余裕があったかどうか。《ひるおび》スタッフが集めた観客の目撃証言の中には「確かに副審がチェックしていた。が、ネットがきちんとゴールにセットされているかは見ていたが、穴の確認まではどうだったか」と指摘する声もある。副審にすれば、自分が確認しているからボールがすり抜けるはずがない、との思い込みがあった可能性もある。
さて、それ以上に私の脳裏に渦巻くのは、「主審の判定は絶対だ」という長くスポーツ界を支配してきた常識(聖域)が崩れている現実だ。野球やその他の競技でもビデオ判定の導入で審判もかなり間違っている事実が明らかになってしまった。ビデオ判定で判断が覆ることも常態化した。主審は絶対的な存在ではなくなったのだ。
ジュニアや高校年代も含めたすべての大会でビデオ判定を採用するのも難しい。とはいえ、これだけネットへの書き込みが日常化する世相の中で、誤審をめぐる映像の発信は増える一方だろう。ネットで拡散すれば“隠蔽”も難しい。一方で、フェイク動画の存在もあるから、公式映像以外の動画を採用することの危険性もある。
せめてゴール裏に1台ずつカメラを設置し、大会公式映像として判断材料にするなどの対策はできるのではないか。真裏がいいか、真横がいいか、議論は必要だろうが、主審の肉眼だけに頼る時代ではなくなっている。応援の父母たちも観客も多くがカメラを携え動画を撮影する、それを試合中にでもすぐネット上に公開できる時代だ。それがむしろ審判の信頼性を保つ有効な策かもしれない。
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