「ギチョーーーーーッ!」「望みまーーーーーす!」 国対に所属する若手議員の出世の登竜門「議事進行係」に引き継がれる「発声のコツ」
「ギチョーーーーーッ!」。国会中継で耳にする独特の掛け声。実は「ギチョー」は7秒、「望みます」は6秒伸ばすという、代々受け継がれてきた発声のコツがある。歴代総理も経験したこの「議事進行係」は、若手議員にとって出世の登竜門でもある。その人選を担い、国会運営を裏で取り仕切るのが国対だ。高市総理の背後で「サクラ」とも揶揄された若手議員たちも所属する、知られざる「国対族」の世界とは。
(2026年10月8日に「新潮QUE」で配信した記事をもとに再構成しました)
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「サクラ」や「ギチョーッ!」も国対の役目
それは異様な光景だったかもしれない。高市早苗総理の背後にずらりと整列した国会議員たち。総勢30名程がすし詰め状態で委員室の出入り口まで連なり、総理の答弁ごとに大きな拍手と「そうだ!」「異議なし」等の合いの手を入れる。特別国会最終盤の7月15日、党首討論の場で悪目立ちして「サクラ」「喜び組」などとネット上で揶揄された彼らこそ、国会対策委員会(国対)に所属する1年生議員たちだ。
自民党の場合、当選1期は全員自動的に国会対策委員会の委員に就任する。毎朝開催される国対正副委員長会議とは別に、1・2期生も参加する国会対策委員会は週2回程開かれ、国会提出が予定される法案についてのレクチャーが行われたり、時には若手議員に議員としての品格ある振る舞い、マスコミ対応などの教育が行われることもある。
1期生でも国会対策委員会への出席率や会議での振る舞いが評価され、本会議での「登壇」(議長の前の演壇で党を代表しての発言)の機会を与えられることもあるし、2期・3期の若手議員の出世の登竜門と言われる「議事進行係」も国対メンバーから選出される。「ギチョーーーーーッ!」「……されることを望みまーーーーーす!」衆議院本会議の冒頭や終盤、突然大きな声を響かせるあれだ。独特の議事進行の合図であり、ギチョー(議長)は7秒、望みますは6秒伸ばすという方式が、自民党国対で脈々と引き継がれてきた発声のコツだ。歴代の議事進行係には、竹下登、海部俊樹、羽田孜、森喜朗、岸田文雄ら総理経験者、女性初の野田聖子や小渕優子などそうそうたるメンバーが名を連ねる。
高市流の「役職希望アンケート」
高市内閣として初の内閣改造・党役員人事を控え、お盆明けに自民党は2期生以上の所属衆議院議員向けに「役職希望アンケート」を配布した。差出人の名前は鈴木俊一幹事長となっていて、大臣など政務三役や幹事長など党四役をはじめとする役員、国会の委員長など希望する役職を第5希望まで書き込む形式だ。これまでは主に派閥がそういった人事の調整を行うべく、派内で調査票の回収を行っていたし、幹事長室としても5期以下の議員を対象に希望を聞く同様のアンケートを行っていた。回答対象が総理・閣僚経験のあるベテラン議員まで含まれたことは高市流だ。
閣僚人事は、時の総理に人事権があり、限られた側近、派閥の会長などにより、阿吽の呼吸で決められていた。入閣レベルの議員には党内外に認められる得意分野など族議員的要素も含めたそれなりの特性があったし、選挙区事情や「政治とカネ」問題などの身体検査も含めて派閥がある程度状況を把握した上で、入閣要請をしていた。つまり、閣僚就任後、万が一不祥事など問題が起こった場合にはその進退も含めて派閥も責任をとる、との認識だ。
派閥の会長宛に役職希望調査票を提出していた時代には、当選回数上の適齢期ではないのに「大臣」「副大臣」を要望する者や、「(具体的な希望を書かず)全て会長にお任せします」等と全面的に任せる者、通常1枚紙の様式とは別添で長々とした志望理由や功績を提出する者など様々なスタイルの国会議員がいたが、今回はどうか。
新内閣発足にあたり、高市総理が「アンケートで決めた」と人選への自信を示すと、新閣僚たちは「アンケートの希望が叶った」と呼応した。
専門集団「国対族」への入口は
アンケート重視の人事が党内外に少なからぬ波紋を広げていることは事実だが、国対でいわゆる国会の舞台回しや裏方仕事をしたい、と希望した議員は調査アンケートで国会対策委員長や副委員長就任を希望した。国対と表裏の関係にある議員運営委員会の理事等を希望する場合もある。国対を通じて、国会運営の実務や駆け引き、与野党間の折衝やパイプ作りを学び、党内での自身の立ち位置を築いていく狙いだ。これが高度な政治的手腕や与野党の垣根を超えた人脈を持つ専門集団「国対族」への入口である。
小泉進次郎が環境相経験後に自らの希望で国対副委員長に就任したことは、閣僚経験者の起用という意味で異例だったが、小泉本人は自身のSNS等で国対族の面白さやそのダイナミズムについて記している。また民主党政権時代に官房副長官を経験した松井孝治(現京都市長)が先頃、「副長官の必修科目は国対」と述べたのに対し、自民党の若手議員が国対の難しさや「汗をかく」役割についてSNS上で呼応していることも興味深い。国対正副委員長会議には毎回官邸から官房副長官(政務)が出席し、国会と官邸との連絡役を担うからだ。
国会対策委員会は、日本国憲法下で初の通常国会となった第二回国会(1947年~1948年)で、日本社会党及び国民協同党において設置されたのが始まりだ。歴代の総理が自民党内の族議員の抵抗に苦労したように、国対族は時には総理さえも恫喝して国会を動かす力を持っていた。党内に脈々と培われてきた伝統と立法府の矜持を重んじる国会回しの仕事に魅力を見出す議員は、サクラ役の1期生を卒業すると2期目から国対族の仲間入りを希望する。
野党との駆け引きや妥協のタイミング、ルールや理屈では説明できない呼吸の合わせ方といった国会運営の妙は、まさに暗黙知で体得するものであり、OJTによる育成業務だ。議員生活の8割を国会運営に従事したという佐藤勉元国対委員長は、2015年当時の安全保障関連法案の成立のため「自分が持つ国対技術の全てを注ぎ込んだ」と政治的駆け引きや折衝のテクニックの重要性を振り返っている。
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