パートの主婦がセル画を塗っていた時代も…事件から7年「京都アニメーション」の黎明期をOBが明かす 「当初は大手の下請けで、社屋も老朽化が激しかったですね」
これまで、「デイリー新潮」では、2019年に起こった京都アニメーション(以下、京アニ)放火殺人事件に関するニュースをたびたび報じてきた。しかし、事件発生から7年以上が経過し、報道の機会は減少。36人が亡くなるという、戦後最悪の被害を出した殺人事件の記憶が風化しつつあるように感じる。
また、今年2月には、創業者であり、事件の対応と会社の立て直しに尽力した八田英明社長が死去。京アニは1981年に創業し、今年で45年を迎えたが、その黎明期を知る人も少なくなってきている。
近年、地方にもアニメスタジオが生まれつつあり、コロナ騒動以降はアニメーターがリモートで作業をするスタイルも定着しつつあるが、アニメ業界は今なお東京一極集中の傾向が強い。そんななかで、なぜ京アニは京都にスタジオを構えながら、優れたクリエイターを擁し、世界的に評価されるアニメを生み出すことができたのだろうか。
現在、「大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校」で講師を務める上宇都辰夫氏は、1985年に京アニに入社。以後、33年もの長きにわたって所属し、アニメーターとして第一線で活躍してきた。京アニの黎明期から成長、発展をリアルタイムで見てきた上宇都氏に、知られざる逸話を聞いた。【取材・文=山内貴範】(全2回のうちの第1回)
事件を風化させてはいけない
――上宇都さんはアニメの専門学校で講師を務めていますが、授業のなかで、京アニ放火殺人事件で亡くなったクリエイターの功績について語っておられるそうですね。
上宇都:本来は事件が事件なだけに、実名を挙げることは憚られます。しかしながら、私にとっては大切な同僚であり、一緒にアニメを制作したかけがえのない仲間でした。事件で犠牲になったスタッフの無念さは大きいと思いますし、事件を風化させてはいけないという思いから、ご遺族の意向にも配慮しながら語っています。
――事件を風化させてはいけない、という考えに強く共感します。
上宇都:最近は生成AIが普及したせいで、9.11(アメリカ同時多発テロ)までもが、“実はAIが作った映像ではないか”などという話が出てくるほどです。京アニの事件は衝撃的な出来事でしたが、知っている者が語り継いでいかないと、いつしか忘れ去られてしまったり、本当にそんな事件があったのかと思われるようになるかもしれません。
何より、名前を忘れられてしまうのは、クリエイターにとっていちばん辛いことではないでしょうか。現在も京アニには私の友人が在籍しています。しかし、立場上なかなか語りにくいでしょうし、メディアにも出にくいでしょう。私は京アニに30年以上在籍し、事件の1年前に退社しているからこそ、語れる立場にあると思います。
――他には、授業でどんな話をしているのでしょうか。
上宇都:京アニがまだ大手アニメ会社の下請けをしていた時代の話を語っています。また、地方にスタジオを構えながら、クオリティの高いアニメを作ることができたのはなぜか、という話もします。
現在もそうだと思いますが、アニメ業界は長らく東京一極集中の傾向が続いてきました。そんななかで、地方でもあれだけ素晴らしいアニメを制作できることを世に示したのが、京アニの大きな功績だと考えています。
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