なぜ「トリオ芸人」は難しいのか 「我が家」杉山が万引き事件で考える、3人に生まれる“不公平感”

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結成のきっかけは

 トリオ結成のきっかけの多くは、コンビを解散した芸人同士が集まったり、既存のコンビに別の芸人が加わったりすることだ。つまり、トリオという形態は結果的にたどり着くものであり、3人が最初からトリオを組んで、同じ目標や価値観を共有しているという事例は少ないのである。

 もちろん、結成の経緯が複雑だからといって、それが人間関係の悪化につながるとは限らない。ただ、ずっとコンビとして活動している芸人に比べると、濃密な関係を作るのが難しくなることはある。

 また、トリオではメンバー間で仕事に対する貢献度を評価する際に亀裂が生じることがある。たとえば、ネタを作る人、舞台で目立つ人、営業やテレビ出演で結果を残す人など、それぞれが異なる役割を担っている場合、誰の働きが最もグループの成功に貢献したのかを客観的に判断することはできない。

 特にお笑いの場合、目立つことと重要な役割を果たすことは必ずしも一致しない。舞台上では脇役に見える人物が、実はネタの完成度を高めるために重要な働きをしていることもある。

 このような状況では、それぞれが自分の貢献を過大評価してしまうことがある。自分が一番がんばっていると思っているのに、世間からの評価や収入がそれに見合っていないと感じれば、不満が蓄積していく。特に3人の場合には、自分と残る2人を比較することができるため、自分だけが不当に扱われているという感覚も生まれやすい。

 こうした不公平感がメンバーの不祥事に直接つながるわけではないが、グループへの帰属意識を弱めたり、仕事に対する意欲を低下させたりする要因にはなり得る。

 もちろん、トリオ芸人がコンビ芸人やピン芸人よりも不祥事を起こしやすいという統計的な根拠があるわけではない。今回の一連の出来事を、トリオという活動形態そのものの問題として断定することには慎重であるべきだ。

 ただ、芸人のグループがある程度の結果を出した後に、その関係性をどのように維持していくのかという問題はたしかに存在している。

 お笑いトリオは3人で力を合わせることで、1人では生み出せない笑いを作ることができる。その一方で、個々の立場や責任が曖昧になる危うさも抱えている。今回の一連の不祥事は、芸人が仲間と一緒に足並みを揃えて長く活動を続けることの難しさを改めて考えさせられる出来事だったと言える。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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