船でしか辿り着けない沼津の名建築「淡島ホテル」とは? 全室スイートルームで「富士山を望む」バブル期の日本人が思い描いた“リゾートホテル”の理想形
内外ともに豪勢の極み
ホテルは淡島の護岸に建設されているが、本土から島まで橋が延びているわけではないため、アクセスに当たっては船に乗る必要がある。やってきた船には「ラブライブ!サンシャイン!!」のキャラクターが多数描かれ、船内には声優のサインが寄せ書きされている。アニメキャラが盛りだくさんの船で島に向かうのも独特な体験だし、すでに非日常感がある。
ホテルは地形をそのまま活用しているため、全体がVの字型になっている。そして、壁面が折り紙のように曲がった独特の造りで、白とサーモンピンクを基調にした外観は地中海のリゾートホテルを思わせる。これぞまさに、バブルの頃に日本人が夢見た、リゾートホテルのイメージの具現化と言っていいのではないか。
白いアーチがあるエントランスから館内に入ると、視界が思い切り広がった。ロビーの柱や壁には大理石がふんだんに使われているし、階段の手すりは磨き上げられた真鍮製。踊り場にはピアノが置かれ、吹き抜けの空間をぐるりと廻廊が囲み、アーティストの絵画が飾られている。まさに豪勢の一言に尽きるが、同時に上品な美しさがある。
椎名氏はそれまで、リゾートホテルを設計した経験がなかったという。そのため、デザインに当たって多くの識者の意見を仰いでいる。その一人が、淡島がリゾートホテルの建設に最適な場所であると指摘した、「香港リージェントホテル」の経営者ロバート・バーンズ氏であり、たびたび面会してはアドバイスを受けている。
また、インテリアもフランス・パリ在住の本野千代子氏が中心となって、カトラリーやリネンまで事細かに選定を行ったとされる。こうした識者の意見を反映しつつ、海外経験も豊富な椎名氏が案を練り上げたことで、上質な空間が生み出されたといえるだろう。
プライベート感を演出した客室
ホテルの中で個人的に気に入ったのは、音楽ホールである。内部はサーモンピンクを基調とした空間で、夢の中に迷い込んだような雰囲気が感じられた。壁面には地中海を思わせる絵が描かれているが、その雰囲気はどこか内浦の風景に似ているのも面白い。コンサートの最中は、まさに異国を旅行したような気分を味わえたのではないだろうか。
客室は全60室がスイートルームで、すべての客室から富士山を望めるように設計されている。テラスに出ることができるが、部屋ごとに凹凸や厚い仕切り壁があるため、隣の部屋からの視界が遮られてプライベート感が重視されている。また、バーンズ氏は、安眠を意識してのことだろうか、寝室を客室の奥に配置するように意見を出したといわれる。
バブル崩壊後、リゾートホテルは紆余曲折を経た例が多い。淡島ホテルも例外ではなく、運営会社が変遷している。現在は株式会社フェニックスが運営を担い、総支配人の杉森大樹氏は「開業当時からの建築や空間の魅力を大切にしながら、ホテルの歴史と伝統を受け継いでいる」と話す。そのためか、淡島ホテルはほとんど改造がなく、開業当時の姿を良好な状態で今に伝えている。
昨今のホテルはコストパフォーマンスを重視して建設されるため、どうしてもデザインが似通ってしまいがちである。バブル期の建築は真逆だ。まずは立地、そしてデザインを最優先に設計され、費用を考えるのは後回しである。だからこそ建築家とオーナーの個性が強く表れる。そうした建築のほうが流行に左右されず、時代を超えて愛されていくのではないだろうか。
新時代のクリエイターの感性を刺激
淡島ホテルの優れたデザインと独特のロケーションは、次世代のクリエイターの感性をも刺激した。アニメ監督の酒井和男氏やアニメーターの室田雄平氏など、優れたクリエイターがこの地を訪れ、「ラブライブ!サンシャイン!!」の創作のヒントにしたことは特筆される。名建築が新しい文化を生み出し、新たな来館者を獲得した好例といえよう。
「ラブライブ!サンシャイン!!」のファン“ラブライバー”には、このホテルで結婚式を挙げた人もいるそうだ。かつてホテル建設に関わった人々の熱量が、時代は変わっても愛され続けるホテルを生み出したといえるだろう。









