国連側報道官も日本マスコミに「いい加減にしろ」と…92年「自衛隊PKO派遣」をワイドショーネタにした現地取材班の「国辱的行状」

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UNTACの報道官まで難色

 第1回【押し掛けた「日本マスコミ」200人超に米紙も呆れた…92年「自衛隊PKO派遣」取材で繰り広げられた“ワイドショー演出”と“ジャパン・マネーばら撒き”】を読む

 1992年、日本で注目された国のひとつにカンボジアがある。当時は約20年に及んだ内戦を一旦終え、選挙で選ばれた議会による憲法制定と政府樹立、すなわち国の再建を目指していた。その間の暫定統治をおこなったのが、明石康氏が事務総長特別代表を務める国連の平和維持活動(PKO)機関、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)である。

 国連からの協力要請を受け、日本政府は史上初の「自衛隊PKO派遣」を決めた。国際平和協力法(PKO法)が成立・公布された同年6月から世論を沸騰させていた件だけに、ニュースバリューは超一級である。そこで日本のマスコミは、多数の取材班を現地に飛ばしたが、彼らの“行状”や“報道姿勢”には、在住邦人や海外マスコミ、果てはUNTACの報道官までもが難色を示したという。現地で何が起きていたのか、「週刊新潮」のバックナンバーで振り返る。

(全2回の第2回:「週刊新潮」1992年10月22日号掲載記事を再編集しました。文中の肩書きや為替レート等は掲載当時のものです)

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1カ月100万円で民家借り上げ

 それにしても、自衛隊施設大隊600名に対し報道陣300名とは尋常ではない。施設大隊があたる作業は道路の修繕だが、その前線基地のあるタケオという人口3、4万の町には、修繕の“一部始終”を報道するため、日本のマスコミが殺到していた。

 タケオで宿を“確保”する任に当たったさるテレビマンの話。

「ホテルもほとんどなく、我々は民家の借り上げで臨時局を作らねばならなかった。空いている家は結構あるんですが、部屋が区切られ、トイレが外ではない西洋式となると限られてくる。おまけにヴィラと呼ばれるフランス式の大きな家など、こんな田舎にはほとんどありませんから、ますます日本のプレス同士で競合になったんです。

 1部屋1カ月100ドル(約1万2100円)だったゲストハウスが1日100ドルに跳ね上がったほどです。まあ、どの社も確実に相場の5、6倍は払って民家を借り上げていますよ。ある民放テレビ局が一軒の民家(ヴィラ)を月9500ドル(約115万円)で借りたというので、タケオで大評判になりましたね」

 カンボジアの公務員の平均給与は米ドル換算で30ドル(約3630円)前後。もっとも当のテレビ局によれば、

「該当の民家は9部屋あり、3部屋はうちより先に他局が借りていた。残りの6部屋をうちは6000ドル(約72万6000円)で借りているのであって、9500ドルというのはその他局がお払いする分とあわせての金額です。うちは今回、映像伝送を行う幹事社となっていて、その責任を遂行するために(大きなスペースが)どうしても必要だった。最大で15人泊まるとすれば、1人当たりの金額も少なくなりますから、驚くべきことにはあたらないと思いますが……」(国際ニュースセンター長)

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