「タランティーノ監督」にも影響を与えた昭和の天才絵師「上村一夫」…没後40年を経て海外で熱狂的な人気を誇る理由

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自主制作本1000部が完売

 大ヒット作『同棲時代』のころ、汀さんは小学校低学年だった。

「そのころ、夜、電気を消して、家族全員で“居留守”を装った記憶があります。編集者さんが次々に原稿取りにやってくるのですが、とうてい間に合わないので……。やがて自宅とは別の仕事場を構えるようになりますが、徹夜の連続でしたから、めったに帰ってきません。たまに帰ってきても明け方で、すぐに寝てしまいますから、学校に通っているわたしとは、ずっとすれ違いでした」

 ピーク時には、7人ほどのアシスタントの協力を得ていた。『寄生獣』の岩明均氏、『静かなるドン』の新田たつお氏、『孤独のグルメ』の谷口ジロー氏……錚々たるマンガ家が、上村スタジオから巣立っている。

 1986年に上村氏が亡くなったとき、汀さんは20歳だった。女子美術短期大学を卒業後、一般企業に就職する。

「没後、しばらくは大手の版元さんが、旧作を復刻刊行してくださっていました。その対応は母がやっていたのですが、次第に出版不況で刊行も減ってきました。2000年代に入ってからは、インディーズ系の版元さんが出してくださるようになりましたが、それも次第になくなってきます。わたしは、会社に勤務しながら、すこしずつ原画の整理などをやっていたのですが、もう、このまま父の作品は忘れられてしまうのかなあ……と思っていました」

 ちょうどそのころ、未整理の原画の山を整理していた汀さんは、おどろくべき「一枚絵」の束を発見する。

「どこにも発表されたことのない、初めて見る“絵画作品”ともいえる大判イラストでした。1980年代に入ってブームが落ち着いて、手があいた時期に描かれたようです。大半はいわゆる美人画で、下絵やデッサンですが、一部、色がついているものもありました。いったい何のために描かれたのか……。そもそも父は、下絵を残さないひとでした。あまりに忙しいので、下描きはすぐに廃棄していたのだと思います。もしかしたら将来、個展を開きたかったのではないか……。ただ、このころから父は体調を崩しはじめており、大半がデッサンのままに終わったようです」

 この「一枚絵」は、2008年に小池書院から、画集『一枚絵』となって刊行された。

「その刊行を記念して、同年、神楽坂のギャラリーで〈幻の一枚絵展〉を開催しました。神楽坂は、父がはじめて事務所をかまえた土地なんです」

 これがたいへんな評判となった。上村一夫は、忘れられていなかった。各地で個展がつづき、劇画研究家・森田敏也氏の編集協力で、2011年に、A4判300頁超、3800円の豪華版資料集『リリシズム 上村一夫の世界』(まんだらけ出版)を刊行。先述のように、海外版も続々と刊行されるようになった。かくして汀さんは、会社をやめて上村一夫オフィスの仕事に専念するようになる。

 そのなかで、特に汀さんが力を入れているのが、あまり知られていない上村作品の初単行本化だ。その第一弾が、2025年に刊行された『あなたのための劇画的小品集』である。

「1974年から76年にかけて、通販の千趣会が会員向けに出していた女性向け情報誌『COOK』に連載された、毎回7ページの掌編シリーズです。特にストーリーもなく、女性の日常を描写したポエムのような作品ですが、いままで本になったことがないので、ご存じない方がほとんどだと思います。これをぜひまとめたかったのですが……」

 どこを探しても原画は見つからない。そこで汀さんは、ヤフオクへの出品を落札したり、知人やマニアの協力を得たりして、なんとかバックナンバーを入手。2色印刷の劇画ページを分版スキャンすることで見事に再現、初単行本化にこぎつけた。上村一夫オフィスの自主制作本なので一般流通はなく、一部書店と公式サイト通販のみの販売。2750円と高価だったが、限定1000部は完売、いまでは“まぼろしの本”となっている。全26話、のちの名作『街の灯』の原型のような作品もある、まさに“珠玉の掌編集”である。

 そしてこの10月1日には、自主制作第2弾『浮世絵 1974-1980 』が刊行される。これは、1974年から80年にかけて、スポーツニッポンに連載された、イラスト+ミニ・エッセイを、すべて収録したものだ。

「とても力強いイラストで、しかもミニ・エッセイが、当時の風俗や世相に触れていて記録性も高いので、ぜひ本にまとめようと思いました。しかしこれも、原画は少ししか残っておらず、新聞の切り抜きも一部しかありません。そこで国会図書館へ通い、不明分をコピーして、なんとか全326回を収録することができました」

 この第2弾は、税込み4950円の豪華版。まさに執念の刊行だ。

 この刊行を記念して、10月1日から、初台のギャラリー「Open Room」で原画展が開催される(10月31日まで。すでに第1期〈青のムード〉展は開催中)。

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