「あら、生きてたの」大原麗子さんから田中裕子、蒼井優へ サントリーウイスキーのCMはなぜ胸に響くのか
田中裕子の演技力
1994年にも傑作CMが生まれた。「オールド」の「恋は、遠い日の花火ではない。」である。このCMは男性編と女性編があり、男性編には知性と気品が隠しきれない長塚京三(81)が登場し、女性編には田中裕子(71)が出演した。
当時の田中は40歳前後。あるバージョンの田中は、弁当屋で働いていた。頭に三角巾を巻き、服装も地味。そこへ白衣を着た青年がやってくる。常連である。
田中は「毎日うちの弁当じゃ飽きちゃうでしょう」と明るく声を掛けた。だが、青年は神妙な面持ちでこう答える。「弁当だけじゃないから」。田中は急に表情を硬くし、青年を見た。最後に「恋は、遠い日の――」というナレーションが流れた。
この言葉を考えたのは、資生堂宣伝部出身のコピーライター、小野田隆雄氏(84)。同社時代には「ナツコの夏」(1979年)などを考え出したヒットメーカーだ。
「恋は、遠い日の――」の意味はこうだろう。恋とは過去の思い出や、遠くで眺めるだけのものではなく、いくつになっても心の中にある。
こんなバージョンのCMもあった。田中が商店街内に自転車を停め、修理を試みている。機械オンチらしく、悪戦苦闘している。そこへ、20代とおぼしき青年がやって来た。「あの、直しましょうか」。顔見知りらしい。
その言葉に甘えた田中は、「ついてないねー」と嘆く。だが、青年は「いや、オレついてます」という。田中は「えっ」と軽く驚く。青年は「なんでもないです」と誤魔化した。田中は恥じらう。
田中は日本を代表する大女優である。田中も「あなたへ」(2012年)など3本の映画で健さんと共演している。公平かつ透明性のある審査で知られるキネマ旬報ベスト・テンで、主演女優賞も助演女優賞も獲った。年輪を重ねた姿で、また同社ウイスキーのCMに出たら、話題になるだろう。
蒼井が引き継ぐ
現在は蒼井優が出演する「角瓶」のCMが流れている。蒼井が初登場したのは昨年7月。丘の上にある小さなバーの新店主になったという設定だ。関係者の間では「『はじまり』篇」と呼ばれている。以下、30秒CMの内容を紹介する。
蒼井のバーに初めて来た客の染谷将太(34)が、やや気後れしながら「1人なんですけど……」と言った。蒼井はカウンターの中から「どうぞ」と応じる。こちらも少し硬い表情だった。名優2人の共演により、初対面の客と店主が醸す、よそよそしい空気感が再現された。
店内には常連客が2人いた。うち1人はRADWIMPSのボーカル・野田洋次郎(41)。ギターを弾きながら「ウイスキーが、お好きでしょ」を歌っていた。サントリーウイスキーのCMと切り離せない楽曲だ。もっとも、染谷とは目も合わせない。もう1人の常連客である小林聡美(61)も染谷に冷ややかな視線を向けた。
直後に染谷は蒼井に向かって、「思い切って、寄り道したんです」と、来店した経緯を語る。蒼井は「寄り道、大事です」と笑顔で答えた。
これを聞いていた小林と野田が、染谷に対し、「ようこそ」と初めて声を掛ける。知らないバーへ入ることを「寄り道」と称した染谷を気に入ったらしい。最後に蒼井も「ようこそ」と言った。染谷も常連に加わることを示した。現在は4人全員で花火を見る「『花火』篇」などが流れている。
たった30秒で、ドラマに仕立てているのだから、感心するほかない。サントリーの宣伝部は広告界の名門だ。CM賞の最高峰であるカンヌ広告映画祭(現在のカンヌライオンズ)や、国内で最も権威があるACC賞の各グランプリに何度も輝いている。
バーの女性店主を主人公とする角瓶のCMには長い歴史がある。2008年から始まったハイボール復活のCMで、初代店主を務めたのは小雪(49)。洗練された大人の店主だった。2011年途中に菅野美穂(49)へ交代し、2014年からは井川遥(50)が3代目店主を務めた。
小雪店主の時代から「ウイスキーが、お好きでしょ」は使われていた。この楽曲は1990年、「サントリークレスト12年」のCMで採用された。最初に歌ったのは石川さゆり(68)。CMソングで終わる予定だったが、好評を博したため、翌91年に石川がSAYURI名義でレコーディングした。
2代目店主は菅野美穂である。2011年途中から14年まで務めていた。ちょっとドジだが、親しみやすい店主だった。3代目店主の井川遥は記憶に新しい。人気だったため、2014年から25年まで11年も務めた。蒼井店主は4代目なのである。
良質のCMは文化だ。人間模様が凝縮されている。思い出にも残る。
[2/2ページ]

