押尾コータロー、ギター初日に「Em」で挫折 人生を変えた“イケメン親友”の一言
押尾コータロー(58)のアコースティックギターは、聴覚だけでなく視覚にも訴えかけ、聴衆を魅了する。ギター1本で生き馬の目を抜いてきた、その原点はどこにあるのか。本人に話を聞いた。
(全2回の第1回)
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吹奏楽部の先輩が持ってきたギターが原点
小学生の頃はテレビアニメの音楽が好きだった。と同時に、両親が好んで聴いていたザ・ベンチャーズにもなじみがあった。
「当時から、ギターインストゥルメンタルを普通にいい音楽だなと思って聴いていました。でも、自分で音楽をやりたいなんてことは当時、これっぽっちもなくて」
だが中学に入ると、吹奏楽部の新入生歓迎演奏をきっかけに、楽器に興味をもつように。
「『ロッキーのテーマ』の演奏で音楽に目覚めました。(出だしから主旋律を取る)トランペットをやってみたいと思ったんです。それが一番カッコいいと感じたので」
最初は、演奏はおろかマウスピースも与えられず、唇まわりの筋肉を鍛えるための地道な訓練が続いた。同時期に入った部員は続々と辞めていく。ようやく、演奏する楽器を選ぶことを許されたものの、
「変わらずトランペット志望だったんですが、『君は身長が高いからもっと大きな楽器を』と与えられたのがチューバでした。『ロッキーのテーマ』でも、あのイントロのかっこいいメロディーではなく、その後に『ブンブーン』と出てくる感じ。今ならベース音をアンサンブルでやるのもいいと知っていますが、中学の時は『なんて面白くないんだろう』と思ってしまったんです(苦笑)」
現在183センチある押尾の背だが、当時から高く、それが仇となった。トランペットに憧れた中学生にとっては「面白くない」というのは偽らざる本音だろう。リズムを主に担うバストーンが地味に感じてしまうのも無理はない。
「ロッキー以外でも、マーチでは譜面がだいたい四分音符と四分休符。違うマーチをやっても似たようなもので、先輩に『これって何が違うんですか』みたいな不満を言っていました」
そんなとき、部活の休憩中にフォークギターを持ってくる先輩がいた。
「そのギターで『なごり雪』とか歌うんですよ。いいなと思いました。チューバって一人で吹いてもあまり完結しないのに、ギターなら一人で歌えて伴奏もできて。そこからギターに目覚めたんです」
ギタリスト、押尾コータローの萌芽だった。
Emで挫折、イケメンの親友に叱咤され……
ギターの魅力を知ると同時に、思春期の押尾少年は、別の重要なことにも気付いた。
「クラスにもギターを持ってくるやつがいたんですが、そいつはいつも注目の的。女の子に囲まれているのを見て、ギターを弾けると女の子にモテる、と衝撃を受けました」
とはいえ、今でこそギターを思うままに操る押尾だが、当初はそうではなかった。
「最初にEm(イーマイナー)のコードを押さえたら、めちゃくちゃ指が痛かったんです。すぐに無理だと思いました。ギターをやりたい動機も不純だし、『こんな痛い思いをしてまで……』と思って、1日でやめたんです」
Fのコードで挫折するケースは少なくないが、初歩中の初歩ともいえるEmで……。ギター人生第1章はたったの1日で終わった。が、バレー部に所属していた親友から叱咤され、考えを改めた。
「僕も憧れるぐらいの男前で、身長も高く、おまけにギターも弾けた。そいつに『ギターやめようかな、才能ないし』と愚痴ったらめちゃくちゃ怒られました。『この先何をやっても中途半端になるぞ』って言われて。情けなくなって『じゃあもうちょっとやってみようかな』と、いやいやながらまた始めました」
「もう上手くなるわけない」という気持ちから、1日5分だけ。「成果を見せろ」と親友からせっつかれ、「一応練習している」という言い訳めいた思いもあった。
「5分弾いたらギターを置いて、テレビゲームなんかをしていました。ところがその1日5分がやっぱり良かったんです。指にタコができて『Emを押さえてもそんな痛くないな』と思って、次に『Am(エーマイナー)も行けるかな』と感じ始めた頃には『結構ギターも楽しいな』と。EmからAmにすっとコードが変えられて、上手くなったとも思ったんです。それからは、苦痛の5分から楽しい10分、10分から30分となり、1時間でも2時間でも弾けるようになったんです」
1カ月もかからずに苦痛が楽しさに変化した。Emにはあった壁も、バレーコードのFを弾くころには全く感じずに、気づいたら乗り越えていた。
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