「子供の教育資金500万円を失い借金200万円」アミューズメントカジノでギャンブル依存症が再発 50代会社員を救った「老いた母の涙」

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 繁華街でよく見かけるようになった「カジノ」や「ポーカー」のネオン。アミューズメントカジノと呼ばれる遊戯施設である。若い頃ギャンブルで苦労した会社員のAさん(50代)は、10年前、「雰囲気を楽しむだけならいいだろう」とこの空間に足を踏み入れた。だが、そこは「地獄への再入場口」だった。(前後編の前編)

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サラ金漬けだった20代

「アルコール依存症と同じですね。酒断ちしている人は『たった一滴』でスリップしてしまうと言うじゃないですか。自分も同じで100円たりとも金を賭けてはいけない人間なんです」

 Aさんはポーカーに熱中した10年間をこう振り返る。ポーカーはこの数年、若者の間で流行してきたカジノゲームで、繁華街に急増したアミューズメントカジノ店舗で夜な夜な白熱したゲームが繰り広げられている。アミューズメントカジノはゲームセンターと同じ風営法5号営業の店舗で、遊戯の結果による賞品の提供は禁じられている。だが、Aさんはその実態を明かす。

「2年くらい前から『客と「選手契約」を締結すれば賞品を出しても問題ない』として、ウェブコインという換金可能なデジタル通貨が導入された。それからは事実上の賭場と化しています」

 もともと無類のギャンブル好きだった。学生時代に麻雀、競馬、パチンコにどっぷりハマり、学生ローンで借金。社会人になって給料が入るようになるとサラ金通いに拍車がかかり、借金は雪だるま式に増えていった。

毎月、月末が近づくのが怖かった

「仕事が終わると雀荘に駆け込み朝まで打って、サウナで1、2時間くらい仮眠してから出社。昼休憩はトイレで寝ていました。そしてふらふらの状態でまた雀荘に舞い戻るんです」

 一番きつい時は手取りで20数万円しか給料がないのに、15万円くらいを利子の支払いに充てていた。

「ギャンブルがしたいのに現金がなくて、みどりの窓口で買った新幹線の回数券を定価の8割くらいの値段で金券ショップに売ったことも何度かある。負けると分かっていても賭けるのをやめられない。病気なんだ、死んだら楽になれるとずっと思っていた」

 それでも生きてこられたのは限界に達する度、両親が助けてくれたからだった。

「サラ金が限度額いっぱい300万円くらいに嵩むと、母が泣きながら『これで最後だよ』と精算してくれた。それを3度繰り返したクズでした」

 だが30歳を過ぎた頃、ピタリとやめられた。転職を繰り返した後、ようやくやりがいのある職場に出会えたからだった。

「とにかく賭場に近寄らないこと。意識からも遠ざける。暇潰しとかストレス解消の手段として考えないことを徹底したらようやく止められました」

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