「スターの座を捨て渡仏」「夫の不貞、離婚を経て、ジャーナリストに」 岸惠子さんの型破りな生き方 「ライオンとにらみ合い、危機一髪の場面も」 仕事仲間が明かす
【全2回(前編/後編)の前編】
女優の岸惠子さんが世を去った。93歳。昭和初期の生まれにして国際結婚を遂げるなど時代の常識を覆し、自らの思いに従ってさまざまな分野へと活動の幅を広げた岸さん。後年もなお旺盛な気力で話題を提供し続けた彼女は一体、自身の老いと、いかに向き合っていたのだろう。
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横浜の小高い丘に広がる瀟洒(しょうしゃ)な住宅街。その一角、優に250坪は超えるであろう広大な敷地に、歴史を感じさせる瓦屋根の豪壮な邸宅がたたずむ。堅牢なブロック塀に囲まれ、庭の樹々が枝葉を広げ、建物の窓という窓を覆っている。あえて剪定しないのだとすれば、そうすることで私生活への外部からの視線を遮っていたのかもしれない。
ここは岸さんの自宅、ついのすみかだ。近隣住民が言う。
「亡くなったことをニュースで知りました。ご自宅にいらっしゃったとは。ここ数年は姿を見なかったので、娘さんのいるフランスかどこかに行かれているのではないかと思っていました」
かつては帽子を深々とかぶり、サングラスにマスク姿で散歩する様子をたびたび目にしたが、「それも随分前、コロナ禍の前のことですね」と振り返る。
“私はスター、あなたは演技派ね”
岸さんは8月7日、何人かの親戚に見守られ、自宅で静かに息を引き取ったという。11日の誕生日を迎えていれば94歳。その4日前のことだった。関係者によると、
「フランスにいる娘のデルフィーヌ(・麻衣子・シャンピ)さんが親戚の方からの連絡を受けて駆け付け、葬儀も行われました。亡くなったのは非常に残念ですが、『大』の字が付く俳優さんたちが次々と鬼籍に入っておられ、そういう年齢ではあったなと思います」
親友として知られた女優、草笛光子(92)も大きなショックを受けている。
「年は一つ違いますが、同じ横浜生まれで、同じ横浜第一高等女学校(現・神奈川県立横浜平沼高校)に通い、しかも同じ舞踊クラブに所属していました。ほぼ同時期に、岸さんは松竹大船撮影所へ、私は松竹歌劇団へ。岸さんは映画界のスターになられて“私はスター、あなたは演技派ね”なんておっしゃって、笑っていたのを思い出します」
と、草笛は語る。
「私とは正反対の性格で、あるとき、岸さんが風邪か何かで体調を崩され、私が心配し過ぎて何度も電話したら“大丈夫よ、私のペースでうまくやっているんだから”とおっしゃって。ああ、きちんとした一人暮らしをされているんだなと思ったものです」(同)
最後に会ったのは?
「2022年に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)の収録で共演した際、“ごはん行きましょう”と言い合ってスタジオで別れましたが、それっきりで……。最近は執筆活動を夜遅くまでやっていると聞いていましたけれど」(同)
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