「教師は支配者であれ」「教育に上下関係は必要」 86歳の戸塚校長の切り抜き動画が900万回以上再生される深いワケ

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戸塚校長の切り抜き動画人気

 人気ユーチューバーというと、10代~30代、せいぜい40代くらいまでを連想する方が多いのではないだろうか。

 戸塚ヨットスクール校長の戸塚宏氏は今年86歳になる。ほぼその一人語りで構成される「令和ヨットスクール」はチャンネル登録者数12万。ショート動画の中には100万回以上再生されているものもある。

 もちろん専業の人気ユーチューバーには及ばないものの、戸塚氏がソファーに座って語り続けるだけの同じ絵面、構成ばかりであることを考慮すれば立派な実績だ。さらに人気が高いのが、令和ヨットスクール以外が配信している切り抜き動画だ。戸塚氏が配信番組に出演して、激論を交わす様などを切り抜いたショート動画の人気は極めて高い。ものによっては900万回以上再生されているのだ。

 人気の理由はいくつか挙げられるだろう。一つには、他人の揉め事を面白がる気持ち、野次馬根性がある。戸塚氏とインテリっぽい論客とが言い争う。戸塚氏の持論「体罰は善である」の是非とは関係なく、ケンカそのものを楽しむ層がいるということは想像に難くない。

 一方でコメント欄などを見ていると、戸塚氏の主張に賛同している人も少なくない。さすがに「体罰どんどんやるべし」といった意見は主流ではないものの、「人間には言葉があるのだから、話せばわかる」式の主張をする論者への反発や抵抗感を示す人は多いようだ。900万回以上再生されている動画も、「まずは対話をすべき。体罰は絶対にダメ」と言う女性に対して戸塚氏が強く反発する場面を切り取ったものだ。

「話せばわかる」は万能か

「対話を諦めてはいけない」といった意見は正論である。一方で、これに反発する人は、何らかの経験の持ち主である可能性があるだろう。

 学校の問題児、職場の問題人物、ご近所の迷惑な人等々。対話で事態が改善されなかった経験を持つ人は少なくない。要は「話せばわかる、で済めば苦労しないよ」ということだ。残念ながら国際情勢を見ても、なかなか理想通りに物事は進んでいない。

 そんな中、戸塚氏の主張が一定の支持を得るのは、数多くの「実践」経験があるからだろう。対話の重要性を訴える女性がどこまで問題児と接してきたかはわからない。しかしおそらく戸塚氏のほうがはるかに多くの場数を踏んでいるに違いない。そう感じる人が、戸塚氏の言葉に説得力を感じるのは自然なことだろう。なお、事件以降、戸塚ヨットスクールでは体罰は行わず、その代わりにたとえば「徹底的に上下関係を叩き込む」という方針を取っている。子供に対して、親が「強さ」を示す必要がある、というのが戸塚氏の考え方である。

 しかしこれも現代においては異端の主張とされることが多い。

上下関係を否定する風潮

 テレビや新聞など大手メディアでは、家庭や職場、部活動などあらゆる場面で厳しい上下関係よりも「フラットな関係」のほうが望ましいという言説が定説となっているからだ。「友だちのような親子関係」「上司と部下の対等な関係」は素晴らしい、昔ながらの徒弟制度なんて論外、というわけである。

 こうした風潮に異を唱える戸塚氏のような論者は少数派だ。しかし潜在的に一定の支持を集めていることを再生回数は示している。その人気を受けて、7月には戸塚氏の著書『本能の力』が発売から実に19年ぶりの増刷をした。

 同書では、戸塚氏が接した子供に関するエピソードが多く紹介されている。いずれも「話せばわかる」が容易ではないことを示す実例とも言えるだろう。彼らの抱える「問題」は暴力や無気力といったわかりやすいものに限らない。不登校で親に100万円単位の小遣いをせびる中学生。親の経営する会社に入ったものの威張り散らして問題を起こし続けた30代男性。もちろん親としては一所懸命に話をしてきたつもりだが、状況は良くならない。それで戸塚氏のもとを訪ねた。

 こうした子供(あるいは青年)にも「話せばわかる」日が来るのかもしれない。しかし、多くの論者はそれを実践したわけではない。親の代わりに説得に乗り出してくれるわけでもないし、教育を引き受けてくれるわけでもない。あくまでも一般論として、あるいは理想として「話せばわかる」はずだ、と述べているに過ぎない。従って、学級崩壊のような事態において、現場がどうすれば対処できるのかを示してはくれない。「諦めないで」と繰り返すのが関の山だ。

教師は支配者たれ

 小学校を例にとれば、戸塚氏は教師と子供との間には上下関係が必要だと考えており、次のように説いている。

「(小学校においては)教師が善悪の明確な基準を示してやることが肝要です。そのためには、教師は支配者でなければいけません。力のある者でなければ基準は示せません。力のない者が基準を示したところでだれも従うはずがありません。

 ところが、生徒と同じ場所に立とうとする教師の何と多いことか。近年、教室の教壇を撤去する学校もあるそうです。本来威厳を持たねばならない教師が、わざわざ自らそれを壊してしまっているのです。これはとんでもない勘違いです。自分は支配者であり権力者である。その自覚から、教師の仕事はスタートしなければなりません」(『本能の力』より)

 体罰ほどではないにせよ、こうした主張も今や時代遅れとされている。「教師は支配者たれ」などと言ったら、各所からクレームが来そうだ。しかし、評論家の物江潤氏はこう語る。物江氏は塾経営者でもあり、多くの子どもと接している。

「私自身は体罰を肯定しません。戸塚氏の著書も読みましたが、主張に全面的に賛同はしません。しかし、先生の言葉に全く耳を貸さない、通常の指導がまるで通用しない生徒は確かに存在します。学級崩壊や校内暴力は現実に起きているのです。にもかかわらず、学校現場では『非常時でさえ対話で解決できる』という建前が維持されています。その結果、実態としては現場には『打つ手がない』ことになっています。この現実から目を逸らしてはなりません。

 体罰を否定するのであれば、なおさら別の強制力を行使して、秩序を守るよう指導すべきでしょう」

 別の強制力とは何か。物江氏はこう指摘する。

「たとえば、いじめや暴力行為などを繰り返し、他の児童生徒の義務教育を受ける権利を妨げるような場合には、市町村教育委員会が出席停止を命じることができます。令和7年に文部科学省も、『なお、暴力行為等の問題行動を繰り返す児童生徒に対しては、出席停止制度の措置をとることをためらわずに検討』するよう通知しています。

 ところが、文科省の調査によれば、令和6年度に小学校で行われた出席停止措置は全国で0件、前年度も3件にすぎません。制度は存在し、文科省自身もその利用をためらわずに検討するよう求めているのに、小学校における実績はほぼ皆無に等しい。先ほどお話しした『対話で解決できる』という建前の縛りが、ここにも表れているのではないでしょうか」

 外野の理想論と現場の実情のギャップ、深い溝はどこにでも見られる。戸塚氏の人気はその深さのあらわれかもしれない。

 戸塚氏の論をもとに物江氏が現代の教育現場の問題点を鋭く斬った「体罰と共に消えている教育現場の「常識」とは 戸塚宏『本能の力』を読む」は教養・情報サイト「新潮QUE」に掲載されている。

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