九州・沖縄地方の予備校の勢力争い――医学部受験の激戦地で起こる地元勢の巻き返し
九州大学、熊本大学、長崎大学など、医学部をもつ国立大を7校抱える九州は、医学部受験の激戦地として知られる。それにともない古くから駿台や河合塾といった全国展開の大手予備校が市場を支配していたが、英進館や昴などの九州資本の塾が獲得競争で勢いを増してきている。(西田浩史/教育ジャーナリスト、追手門学院大学客員教授、学習塾業界誌『ルートマップマガジン』編集長)
「九州大学理学部を目指しています。予備校は河合塾ではなく、中学時代から通っている全教研に決めました」
そう語るのは、福岡の修猷館高校に通う男子生徒だ。
かつて九州の学生が九州大学などの最難関大学を目指すなら、駿台や河合塾といった全国展開の大手予備校に進むのが“王道”とされた。それが昨今は変化している。地元塾の台頭だ。
筆者が九州地区の32塾、延べ65名の塾関係者への聞き取り調査(2026年1~2月実施)を行ったところ、なんと78%が大学受験対策(九大や医学部など難関大学)で九州資本の塾が台頭していると回答。さらにその51%が、全国展開の大手予備校の地位が低下したかという問いに「はい」と回答した。
一般的には、全国資本の大手予備校が各地に進出し、地元に根差した塾から市場を奪っていくケースの方が強くイメージされるだろうが、九州ではその逆、地元塾の勢いの方が勝っているというのが興味深いところだ。
調査を細かく分析すると、従来の“とりあえず大手予備校へ”という考え方から、“通い慣れた塾でそのまま難関大学を目指したい” “個別に丁寧に見てもらいたい”という、受験生の志向の転換がみられる。よって、河合塾や駿台などの大手予備校から、英進館(福岡)、昴(鹿児島)、全教研(福岡)など、高校受験時に利用していた九州発祥の大手塾に生徒が流れ始めている。
福岡の予備校関係者によれば、
「九州資本の大手どころが、高校受験部門から大学受験部門まで、一体化した指導体制を整備し、医学部や国立大学別にコースを立ち上げたり、あるいは大学受験の指導力のある講師を引き抜いたりなど、本格的に大学受験部門に投資し始めたのが大きい」
医学部受験をめぐる特殊事情
こうした背景事情を踏まえ、九州の大学受験塾市場の勢力争いを見ていこう。
まず注目すべきは、「高学力・理系」領域だ。全国的に有名な駿台予備学校を筆頭に、北九州予備校、英進館、あるいは地域で小規模に展開する名門医学部予備校などがしのぎを削る。
これは、九州が「医学部受験の地」であることも関係しているだろう。旧帝大の九州大学医学部に加え、それに準ずる旧六医科大といわれる熊本大学医学部、長崎大学医学部を筆頭に、国立大の医学部が7つも存在している。沖縄の琉球大学まで含めれば8校だ。特に人気の高い旧帝大+旧六医科大で比較すると、3校ある九州は、実は首都圏(東京大学、千葉大学)より数が多い。こうした背景もあり、理系の高学力層こそが九州における塾市場の中心舞台となっているのだ。
全国レベルの私立中高一貫校であるラ・サールや久留米大附設を除くと、各県のトップ公立高校である修猷館(福岡)、熊本(熊本)、鶴丸(鹿児島)、長崎西(長崎)などでは、歴史的に九州内の医学部を3年間という最短距離で目指すのが基本となっている。よって、「医学部を目指すトップ層の場合、学校も塾もややスパルタ気味な指導がむしろ主流で、保護者からもそれが“容認”される風土がある」(熊本市・50代大手塾職員)という。
その代表格として最も名が挙がるのが、先にも紹介した北九州予備校である。通称「北予備(きたよび)」とよばれ、地元では「厳しめで面倒見がよい予備校」として有名だ。前述の熊本の塾関係者によれば、全国から実力派・個性派講師を集めることでも知られるという。東京にも進出しているほど、規模は大きい。
九州で医学部を目指すなら、全国的大手の駿台予備学校、河合塾に加え、北九州予備校がファーストチョイスとなるのが現状だ。特に全国的に理系学部に強い駿台が一歩リードといったところ。そこに福岡発の塾として勢力を拡大する英進館が食い込みをみせている。
〈新潮QUEでは、塾や予備校が繰り広げる熾烈な勢力争いについて、全国を10のエリアに分けて図解した「勢力マップ」を公開中。九州・沖縄エリアについては、中学・高校受験塾編と大学受験予備校編の2本に分けて、福岡、佐賀、大分、鹿児島、熊本、宮崎、長崎、沖縄それぞれの塾や予備校事情を、オリジナルの図も交えて詳述している〉


