“大リーグボール養成ギプス”も“星飛雄馬の燃える瞳”もマンガ家・川崎のぼる氏の“創造”だった! “「巨人の星」は梶原一騎の原作をそのまま描いただけ”という誤解を一蹴する評伝『劇画の巨星 川崎のぼる伝』の凄み

エンタメ 文芸・マンガ

  • ブックマーク

 川崎のぼるファンだけでなく、昭和マンガ・ファンにもたまらない書籍である。『劇画の巨星 川崎のぼる伝』(読売新聞西部本社文化部/ホーム社発行、集英社発売)では、マンガ史に残る名作『巨人の星』を巡り、長く語り継がれてきた“誤解”を、丁寧な取材で解き明かしている。執筆者や担当編集者に話を聞いた。(全2回の第2回)

『巨人の星』作画表現の秘密

 1965年、「週刊少年マガジン」は、マンガ史にのこる“2大事件”に見舞われた。

 ひとつは、拳銃不法所持で桑田次郎が逮捕されたことによる、『8マン』(原作・平井和正)の連載打ち切り。もうひとつは、手塚治虫の『W3』連載打ち切りである(少々複雑な事態なので、詳細は本書を読まれたい)。2大看板作品を失い、マガジンの発行部数は、ライバル「週刊少年サンデー」50万部に対し、30万部と急落する。

 この苦境を脱すべく企画されたのが、梶原一騎原作『巨人の星』だった。当初、マンガ家の第一候補は、さいとう・たかをだった。それが川崎さんになった経緯は本書に譲るが、乗り気でない川崎さんが熱心な編集者に口説かれ、次第に描く気になる様子は、読んでいてドキドキハラハラする。原案ネタには、いくつかの文学作品があった。吉川英治『宮本武蔵』、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』……なかには、夏目漱石『こころ』の影響と思われるシーンもあるという。

 そしてここからが、本書の白眉である。〈原作を川崎はどう表現していったか〉との項があり、梶原一騎の原作がどのような絵になったか、原画と比較しながら、川崎さん自身のコメントを入れて、“科学的”に検証されるのだ。

〈「梶原さんの原作は小説風で、情景描写や服装について細かい指定はなかった。(略)全景がどうなっているのか、だれがどう動いて、どんなポーズで話しているのか、そういうのは一切絵描きの才能でやっていかなきゃいけない」〉(川崎)

 たとえば「大リーグボール養成ギプス」については、原作には「服を脱いだらギプスを体にまとっている」くらいしか書かれていなかったという。

〈「これはバネが伸び縮みするエキスパンダーで描くしかないなと思って、あんなデザインになった。あれが実際にあるもんだと思って店に買いに行った人が多かったみたいだけど、全部俺の想像です。」〉(川崎)

 そのほか、投球や打球シーンを分解写真風に描いたり、目のなかに炎が燃えたり、大量の涙が首の下まで流れたり、衝撃を受けて「がーん がーん がーん」とこだましたり……また、左門豊作があのような体型で描かれたのも、すべて、川崎さんの“創造”だったのだ!

 本書には、《付録 ちばてつやインタビュー》のページがある。そこでちばさんは、「何かに気がついたときの「がーん」という擬音や、目の中の炎という表現を見て、この方は心象風景を絵に表現するのがとてもうまいと思いましたね」と述べている。

 ここが重要である。池田文化部長は「川崎さんは、梶原一騎の原作を、そのまま絵にしていたとの誤解がある。それを修正したかったんです」と熱く語ってくれた。

 また本書には、一般的な評伝にはまずない、すばらしい章がある。《第11章 「巨人の星」原画選》だ。

「インタビューしていたら、川崎さんはその後、『巨人の星』をちゃんと読んでいないというんです。そこで、文庫本全11巻を読み返していただきました。そして思い入れのあるページをあげてもらい、さらに川崎さんの全巻通読メモをもとに当方でも選んで、計10点の原画を収録しました。カラー口絵で収録した原画もあります」(井上記者)

 その芸術的とさえいいたくなる構図、圧倒的な画力には、ことばを失う。この章だけでも、本書を読む意義はある。各原画に対する川崎自身のコメントも、たいへん貴重な“証言”である。

 さらに、足かけ5年にわたった『巨人の星』連載のクライマックスの分析は、圧巻。医師から筋肉断裂を予告され、それでも最後の投球に挑む星飛雄馬。ここではセリフなしで、従来のマンガでは考えられないような構図が続出する。これもすべて川崎さんの創作だった。マンガ評論家の夏目房之介氏は「今読んでも本当にすごくて、ほとんど前衛漫画といっていい」とのコメントを寄せている。この名場面も、ちゃんと「原画」で解説されている。

 実は本書には、100点以上の膨大な図版が収録されているのだが、そのほとんどは「原画」、つまり「生原稿」なのである(初期の貸本など、原画紛失作品は誌面複写)。よって、よく見ると、剥がれかけた写植や汚れ、枠外に書き込まれた編集者の指定なども確認できる。あえてきれいな誌面複写を避け、原画収録に徹した点は、本書の大きな魅力のひとつだ。

次ページ:『荒野の少年イサム』――コマンチ族の「瞳」

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。