「まるでプロモビデオ」批判噴出 高市首相の被災地訪問動画に使われたプロパガンダの定番テクニック

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 高市早苗首相の熊本訪問に関する動画が波紋を呼んでいる。首相官邸のXの公式アカウントは3日、「高市総理による、令和8年熊本地震による被災状況視察のための熊本県訪問の様子です。」という文章と共に、2分弱の動画を公開した。

 動画は以下のような内容だ。

(1)防災服姿の首相が、SPらしき人物たちと自衛隊のヘリに乗り込む場面

(2)狭い部屋で被災者の声を聞く首相。訴えに「わかりました」と答える。

(3)ヘリの小窓から外に向けて合掌する首相。ここから高市首相自身の会見での発言がナレーションとして入る。犠牲者、被災者への言葉から始まっている。

(4)ヘリから降りる首相。

(5)被災地の様子と首相の姿が短いカットで続く。首相と被災者の握手のシーン、首相が支援物資を手に取るシーン、車から身を乗り出して町長らしき人と握手するシーン、県職員とのミーティングシーンが続く。

(6)最後のカットでは、被災者の「全部が全部、ありがたかったです」という声を真剣な顔で聞く首相の様子が映し出される。

(7)首相官邸のロゴ

 この間、BGMでピアノの静かな曲が流れ続けるという作りの動画である。官邸としては、真剣に対策に取り組んでいる姿をアピールしたかったのだろうが、評判は必ずしも芳しくない。

 自身のプロモビデオみたいだ、まるで近隣国の国家主席か最高指導者のニュース映像のようだ、露骨なプロパガンダだ、等々、厳しい声が投稿に対して寄せられている。そもそも官邸からの情報なので、基本的にプロパガンダの一種であること自体はおかしくないのだろうが、被災地、被災者をダシにつかって自身のアピールをしていると受け取った人が嫌悪感を示したということのようだ。

 ジャーナリストの烏賀陽弘道氏は著書『プロパガンダの見抜き方』の中で、政府や企業の情報に常にさらされている現代人は「プロパガンダ空間で生活」しており、「プロパガンダに乗せられないリテラシーを身につけた方が良い」と述べている。では、今回の動画に「乗せられないリテラシー」とは何だろうか。

フレーミングは有効だ

 同書の中で、烏賀陽氏は「効果的なプロパガンダの定石」をいくつも挙げている。効果的なテクニックということである。その一つが、以下のものだ。

・「フレーミング」を用いよ。すなわち発信者にとって都合のいい事実だけを切り取って流し、それが全体であるかのような認識を広めるべし。

 これはプロパガンダの発信者側の視点による「定石」なので、当然、受け手側の「乗せられない」ためのリテラシーは以下のようになる。

・発信者にとって都合のいい事実だけを切り取った「フレーミング」に注意せよ。それが全体であると早合点してはいけない。

「フレーミング」とはどのようなものか。烏賀陽氏が取り上げたのは、ロシアのプーチン大統領や安倍晋三元首相の用いたそれである。

 2023年3月、プーチン大統領はかつてのウクライナ領マリウポリを電撃訪問した。同地は戦争開始後、約43万人の住民のうち約35万人が市外へ避難。2022年2月から5月までの市街戦で約2万2000人の非戦闘員が犠牲になった。訪問の時点でウクライナ時代の市当局によれば、ロシア軍の無差別爆撃で建物の80~90%が破壊されていた。最終的に5月20日にロシア軍がマリウポリの制圧を宣言。

 そのロシア軍が平定した街をプーチン氏が予告なしに訪問したことが、ロシア国営放送でニュースとして流された。

 このニュースではさまざまなプロパガンダのテクニックが用いられていたが、「フレーミング」が用いられた事例として烏賀陽氏が指摘しているのは、映し出される現地の光景だ。新しく建築されたピカピカの住宅、滑り台などが新設された子ども公園、爆撃で破壊されたが再建された劇場……。

「ロシア側のニュース映像には、戦火で破壊されたマリウポリが一切映らず、新築ピカピカの建物ばかり映るせいで、マリウポリ全体が復興したかのような錯覚・印象が残る。非戦闘員だけで2万2000人が死んだ激烈な市街戦だったのに『大したことなかったんじゃないか』とすら思えてしまう。あるいはマウリポリが最初からロシア領だったかのような錯覚が見る者の印象に残る」(『プロパガンダの見抜き方』より)

「写さないもの」に注意せよ

 ロシア国営放送がプーチン大統領のプロパガンダを流すのは当たり前だろう。しかし日本のメディアもまた同様の行為をしていないわけではない。同書で挙げているのは、2017年4月8日の安倍元首相の福島県富岡町訪問だ。町の名所である「桜並木のトンネル」に立ち、満開の桜を背景に立つ写真がマスコミに流れた。この写真は首相官邸のXにも投稿されている。復興が順調に進んでいることを象徴するかのような写真である。

 しかし、この場所を烏賀陽氏が訪問した印象は異なる。安倍元首相が立っているのと同じ場所に立ってみて見えた光景は以下のようなものだった。

「わずか200メートル先には、まだ原発事故による放射能汚染のため封鎖中の金属ゲートや可動式のカベ、立入禁止の標識がジグザグに走り、ちょうど総理(安倍首相)の目線の先で、総理が立つのと同じ道路が分断されるゲートがあるのが見えた。

 そこから先は汚染のために事故後6年経っても立ち入り禁止のまま。地震で崩れた民家や商店が広がっている。総理にもその現実は目に入っていただろう。

 総理の表情を撮影する新聞やテレビのカメラは、事前に立ち位置が決められていた。そうした原発事故の汚染で封鎖されたまま朽ち果てている区域を背中にしてカメラを構えることになる。そのため読者や視聴者は満開のサクラのトンネルを背景にした総理や県知事、官僚たちが微笑む姿だけを目にすることになる。

 プーチンのマリウポリ訪問と同じように、復興した場所だけを切り取って写し、復興していない場所(原発事故の汚染が残る場所)は枠外に切り捨てる。無視する。マスコミに流す。これが『フレーミング』である」(同)

 改めて高市首相の被災地訪問を伝えた動画を見てみよう。

 地震で壊れた道路は登場するが、崩壊した建物は登場しない。被災地に関しては俯瞰の映像がほとんどで、それも一瞬で終わる。ほとんどは室内のシーンだ。車中泊も雑魚寝も出てこない。酷暑も水不足も描かれない。豊富な支援物資が並ぶ光景はあるが、「足りないもの」は当然映らない。不足を強く訴える人も出てこない。

 動画の多くは高市首相の歩く、祈る、話す、聞く姿で占められている。そして最後を締めくくるのは「ありがたかった」という被災者の声。

「フレーミング」に着目して、高市首相の動画を見直してみるのは、リテラシーを強化するのに役立つかもしれない。

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