今季3人が達成? 名球会入り「250セーブ」は本当に簡単か過去4人しかいない守護神の過酷な現実
達成者はわずか4人
通算200勝投手は歴代で20人以上いるが、実は日米通算250セーブを達成した投手はわずか4人しかいない。
岩瀬仁紀(407セーブ)、佐々木主浩(381セーブ)、高津臣吾(313セーブ)、そしてオリックス・平野佳寿(258セーブ、7月26日現在)である。
阪神監督の藤川球児も日米で245セーブまで積み上げたが、わずかに届かなかった。特例で名球会入りを果たしているが、“火の玉ストレート”で一時代を築いた藤川ですら届かなかったという事実は、この数字の重みを物語っている。
抑えはベテランの仕事だった
なぜ達成者はここまで少ないのか。
背景には、抑え投手という役割そのものの変化がある。
「昔は、抑えというのは先発で力が落ちたベテランが務めるポジションでした。30代に入ってから転向するケースが多かったので、そもそもセーブを積み重ねられる期間が短かったんです」
デスクはそう説明する。
実際、1990年代までは先発から抑えへ回るケースが珍しくなかった。佐々木主浩は1年目から抑えも担ったが、それは当時としてはむしろ例外だった。
一方で近年は事情が違う。
山崎康晃は1年目から守護神に抜擢され、新人最多の37セーブを記録。松井裕樹も高卒2年目からクローザーを任され、若いうちから大量のセーブを積み重ねてきた。
つまり現在は、キャリア全体でセーブを積める期間が長くなっている。だからこそ、“250セーブは今後どんどん増えるのでは”という見方もある。
しかし、現実はそう甘くない。
守護神は毎日が綱渡り
抑え投手は先発とはまったく異なる難しさを抱える。
年間143試合あるシーズン中、試合終盤は毎日のように肩を作り、いつ呼ばれるかわからない状態で待機する。登板しない日でもブルペンで肩を作ることは珍しくない。さらに連投、回またぎ、延長戦への備えなど、身体への負担は想像以上だ。
「先発なら中6日、中7日で調整できますが、抑えには決まった休みがありません。肉体的にも精神的にも非常に消耗するポジションです」
しかも、1試合失敗しただけで評価が大きく変わる。防御率2点台でも、9回に打たれれば翌日の新聞は「守護神失格」。逆に7回で失点しても、試合を壊さなければ大きく報じられることは少ない。
抑えは失敗だけが強く記憶される、心理的にもタフな役回りなのである。
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